世界は完全に2層に分割されていた。
すなわち、富民と貧民。
強欲
冷徹
無慈悲
金はあるが愛想はない
常に人を見下したような態度
天使の容貌を持ちながら
地獄に落とされた魔王ルシフェレスのよう。
それが、金のためなら何でもやるという
シン財閥のトップの青年を表す言葉だった。
故に富民・貧民のどちらからも嫌われていた。
統制された組織のほうが仕事がある。
貧民が、何とか生活できる仕事を得る為に
作り上げた組織「シャングリラ」も当然敵視していた。
政財界の巨大組織シン財閥からの仕事は多い。
だが彼の会社はぎりぎりまで値を下げてくる。
それではどれほど仕事を得られても
組織の人員がやっと食べていけるほどの収益しか得られない。
どんなに働いても、食べていくのがやっと。
病気になっても医者にかかることもかなわない。
金持ちたちの、貧民たちの反感を少しでも抑えようとする意を込めた慈善で
薬や衣料品が施されたりして何とか生きている状況だ。
だがそれだとて満足にあるわけではない。
常にすべてがぎりぎりだった。
「暗殺するしかない!」
耐え切れなくなった一人が声を上げた。
シン財閥も、以前はそこまで大きなものではなかった。
ここ数年で急成長を遂げたのは今の当主になってからだ。
そして、そのころからシン財閥は貧民への支援も行わなくなった。
貧乏人に施したところで、財閥に何か返ってくるのか?
ということらしい。
悔しいが、富裕層の施しなしに生活することは成り立たないほど、
貧富の差は広まっていた。
それなのに、その施しを簡単にストップさせたのだ。
今は組織ぐるみで仕事を得ているために何とか回っているが
それだっていつまで持つかわからない。
貧乏人の悔しさやつらさなどまったく理解しようとしない
現在のシン財閥への怒りは、押さえがつかないところまできていた。
「トップが暗殺されれば、態度を改めるかもしれない」
しかしそこにいた者たちからははっきりと示された強攻策に
躊躇いの声も生まれる。
「だが、逆にほかの金持ちからも我々は危険だという
認識を受けたら今の援助もなくなる可能性が……」
「でもこのまま放っておいたら、ほかの金持ち連中も
援助しなくても大丈夫だと思い出すかもしれない……」
「それは確かに……。
だがシン財閥は今までも何回も暗殺者に狙われているが
ボディーガードが優秀すぎて、
一度たりとも怪我すら負ったことがないんだぞ」
そんな相手をどう暗殺するというのか。
「ならぼくが手伝おうか」
そこには居なかったものの声が部屋に響いた。
「誰だ!!」
突然現れた青年に、警戒しながら問いが投げられる。
その問いにきょとんとした後、青年は苦笑した。
「おや、これは失礼。
自己紹介が必要だとは思わなくて」
「ソルジャー・ブルー……」
だが、本人が答えるより先に青年を呼ぶ声が上がった。
「あ、よかった。
覚えていてくれたんだね」
笑顔で答える青年と、呼ばれた名に驚きの声が上がる。
「ソルジャーって、シャングリラの創設者の!?」
「そうなるね」
笑顔のままうなずいて、ブルーを呼んだ人物に顔を向ける。
「なぜ今頃」
「いや、久しぶりに帰ってきたから町はどうなっているか
様子を見ようと思ってね。
ついでに知人の顔も拝めたらとこうして寄ったんだよ」
「そうですか。
久しぶりの町はどうでしたか?」
問いに、楽しそうな声が上がった。
「うん、前より少し綺麗になっていたね。
それに学校というほどではないけれど
子供たちが教育を受けられる場所もあるみたいで驚いたよ。
ずいぶん発展したものだ。
みんなの努力のおかげかな」
その言葉にそこに居たものからも明るい声が上がる。
「ああ、ヒルマン教授ですね。
それなりに金持ちの方のようですが子供が好きらしくて
子供たちに勉強を教えてくれるんですよ。
一切寄付とかはしてくれないんですけどね。
まあ代わりに子供たちが学ぶための本や道具を
全部ご自分で揃えて下さっているので
それも無理はありませんけど」
「へえ、よい人がいたね。
教育を受けることができているのだから
将来彼らが大人になったころには
もっといい仕事を得られるかもしれないね」
「そうなればいいんですけど……」
だが突然、また暗い雰囲気に戻ってしまった。
「どうしたんだい?」
「シン財閥はいつもぎりぎりまで値下げしてくるんです。
どんなに学があっても、あそこ相手じゃ……」
「ああ、それで先ほどの話か」
ブルーは頷くと続けて述べる。
「先程も言ったがなんならぼくが手伝おうか?」
「え?」
「ぼくは実はボディーガードの仕事をしていてね
依頼人はどんな人物であろうと必ず守ってきた。
それが認められてね、シン財閥からオファーがあったんだ。
だからこちらに戻ってきたんだけど。
ぼくなら簡単にトップに近づけるよ?」
暗殺の話をしているとは思えない、笑顔のままの表情。
「だがそれでは貴方は仕事を失敗することになる上、
貴方の手を汚すことに……」
「ぼくは大嫌いな金持ちたちを守るためにすでに手を血に染めている。
今更それを気にしたりはしない。
まあ、すぐに実行できるかはわからないけれど、どうだい?
ぼくに任せてみるかい?」
やはり笑顔は崩れぬまま、しかし目だけは強く事実を物語っていた。
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