20代前半のはずだが、まだ10代でも通じる顔立ち。
明るい金髪と綺麗な緑の瞳をした美青年が
何の表情もなくブルーを見つめた。
「はじめまして、ブルーと申します。
この度はご指名いただきありがとうございます」
「ぼくが指名したわけじゃない。
まあ、契約をきちんと果たす者は嫌いじゃない。
そちらの経歴を見る限り100%の完遂率だ。
給料分はきちんと働いてくれればそれでいい」
それだけ告げるとあっさり手にしていた書類に視線を戻した。
このあっさりし過ぎた態度には苛立ちを感じるより前に呆れてしまう。
命を預けるであろう相手にそれとは。
「では詳しいご説明は私からさせていただきますね」
そばに控えていた秘書らしき男がブルーに歩み寄り、
隣の部屋へと連れて行った。
「本来ジョミー様…会長のことですがお守りするのは
特設ボディーガード部隊ナスカのメンバーが行うのですが
先日、そのナスカのリーダーであるトォニィが
怪我を負ってしまいまして。
本人は働けると言い張るのですがきちんと治療に
当たらせるとジョミー様が命令なさったので
それでは警備が手薄になると、不要だと言うのに
お願いして貴方を選んだのは私です。
苦情がありましたら私にどうぞ」
「わかりました。
それで、仕事の内容ですが……」
ブルーの問いにリオが頷くと、数枚の書類を手渡してくる。
「本来、貴方のように新しい方を会長に直接会わせるのも珍しいことですが
その理由はもちろんあります。
貴方にはトォニィが行っていた仕事の一部を引き受けていただきます。
外出時、ならびに就寝時の警護が基本となります」
これにはブルーが驚いた。
「ぼくがどういう人物なのかも分からないのに
そんな重要な警備を任せていいのかい?」
幾ら厳選したところで、暗殺者でない100%の保証はない。
それなのに、一番警戒が少ない就寝時の警護など。
「確かにその通りです。
先ほども申し上げたとおり、本来はそんなことは決してありえません。
ですが、ナスカのメンバーは先日の暗殺者を放った組織の壊滅にも
あたらなければならないので
常にお傍に居られる人物がどうしても必要になります。
貴方はどんな人物のどんな仕事であっても必ず依頼は完遂している。
トォニィが復帰するまで、あるいはナスカの仕事が落ち着くまでです。
もちろん、基本的には私も傍におりますので
貴方が少しでもおかしな行動、
あるいは疑わしい行動をとるようでしたら、
その時点で貴方の命はないものと思ってください」
にこりとした笑顔のまま、リオは恐ろしく冷たい声でそう告げた。
「貴方も警備だったのか」
それで、新参者の警備を雇い入れることができたのだ。
何かあれば自分が対応すれば済むから。
「秘書兼、警護です。
貴方は仕事の時間以外は寝ていていただいてもかまいません。
何せジョミー様は突然出かけられますし
いつ睡眠をとられるかわかりませんから、
空いている時間に寝ておかないといつ眠れるかわかりませんので」
「了解した」
過去の経歴から信用してくれているのかもしれないが
就寝時の警護とはこれはずいぶんと暗殺がしやすくなったものだと
ブルーは苦笑してしまいそうになるのを必死に耐えた。
たとえ常にリオが傍に居たとしても、必ず隙はできるのだから。
「ただし」
突然リオはまじめな顔で話を続けた。
「必ずジョミー様を守ってください」
お願いします、と深く頭を下げて懇願した。
リオの本気でジョミーを思っている様子に
ブルーは少しだけ躊躇いを感じる。
こんなに深く思われている相手を
暗殺しようとしていることに。
「彼は、よほど素晴らしい人物なのですか?」
思わずブルーは尋ねてみた。
リオは真剣な表情のまま頷く。
「今彼が暗殺されるようなことになれば貧富の差は更に広まり、
将来的には取り返しのつかないところまで行ってしまうでしょう」
「それはどういう?
シン財閥は貧民層への援助などは行っていないのだろう?」
声に、冷たいものが混じってしまったのだろう。
それに気づいたらしいリオは困ったような表情で
しかし身を包む空気にはこれ以上ない憤りを滲ませながら
静かな口調で呟いた。
「詳しくは申し上げられません。
ジョミー様との約束ですから。
それでも、シン財閥が……ジョミー様が噂のような
冷酷無比の残虐非道な人物だという誤解だけは
決してしないでください」
それでは、ジョミー様がお出かけする時間になったら
呼びに参りますので好きにお過ごしください。
よほどブルーの発言に苛立ちを感じたのだろう。
それだけ言い残してさっさと部屋を出てしまった。
「どういうことだ?」
リオが語るジョミーは世間の常識とはまったく違うのだと告げている。
「少し、様子を見たほうがいいのかもしれない」
少なくとも、自分が”ジョミー”という人物を知るまでは。
ブルーはそう決めると、ボディーガードとして働くほうへ
完全に気持ちを切り替えた。
「なぜだ!!」
隣の部屋から叫びが聞こえてブルーは目を覚ました。
本当に眠ってしまっていたらしく
気がつけば先ほどから2時間が経過していた。
そっと隣の部屋と隔てる扉の横に身をつけ音で向こう側の様子を伺う。
「何故も何もない。
以前にも言ったとおりだ。
シン財閥はそちらの団体を通して貧民層への援助は行わない」
冷たい声がぴしゃりと言い切る。
「そうやって他の企業に貧乏人どもの世話を任せて
自分達は安穏と暮らそうというのか!!
わが社がやつらを黙らせるためにどれ程金を注ぎ込んでいるか
知っているだろう!?
それでも地方への医薬品は不足している!」
ジョミーの言葉に苛立たしげに机をたたく音が聞こえるが、
彼はくすりと笑いを漏らした。
「注ぎ込んでいる?
間違いでしょう?」
「何だと!!?」
「貴方の会社は医療支援でしたね。
貴方の会社が提示した金額で貴方の会社の子会社が仕事を請け負い、
ダミー会社を数件通して9割を自分の手元に戻した上で
各地方に薬品を配っている。
薬品という形で、しかも様々な地方へ送っていれば
まさかそれが1割を分割されたものなどとは気づかれにくい。
あとは役人に賄賂を贈っておけば監査もどうとでもなるからな」
冷たい声で言い切り、ジョミーはなおも続ける。
「貴方の会社が提示した金額の3割でも木賃と支援に回していれば
薬は皆に行き渡るでしょう。
全額を当てていればもっと彼らは手厚い保護が受けられるはずです。
それなのにわが社が支援を行う必要がどこに?」
「何を証拠に!!」
叫ぶ声に、リオが動く。
ある程度束になった紙をめくる音。
「こちらが貴方の会社の流通ルートとなります。
この資料を世界中にばら撒かれたくなければすぐにでもお引取りいただき、
次回から支援に3割から5割をまわしてください」
「なっ、どうしてこんなものを……」
愕然とした男の声。
「それは企業秘密だ。
だがそんな資料が出回れば、政府だって動かざるを得ない。
義援金不正流用如きで会社を潰したくはないでしょう?」
あくまでも冷たい声。
「このっ!!」
突然男の声が豹変した。
とたんに響く銃声。
その音が収まった後、
「リオ、あまり備品を傷つけるな」
「すみません」
冷静な声と、苦笑する声だけが聞こえた。