キースは夜道を一人出歩いていた。
何となく、だ。
自分が「何となく」などという理由で行動すること自体が
かなり珍しいと自覚しながらも、既に出てきてしまったのだから
敢えて此処で引き返す理由もない。
管理されたこの地域に、不貞の輩などでるはずもなく
襲われるなど危険はないと考えられる。
しかも真夜中だ。
たとえゴロツキと言われる輩が仮にいたとしても、
この時間では相手もいないと見てこんな場所へは来ないだろう。
キースはそのまま町を一望出来る高台へとやって来た。
白い花が揺れていて、微かに辺りを明るく照らしていた。
キースはその花の中へと足を進める。
石の道が途切れ、サクッと音を立てて草を踏む。
その草の音に混じって、ふと歌声が聞こえてきた。
キースはこの時間にこの場所に人がいたことに驚いたが、
自分も似たようなものだと思い直し、
特に咎めることをしようとは思わなかった。
だが、少しだけ気になった。
こんな時間に、こんな場所にいる人間が。
足を僅かい動かすと、踏まれた草がまたサクッと音を立てる。
けれどそれより遠い場所から聞こえる微かな歌声は掻き消されない。
サクッ。
歌声に導かれるように、そちらへと足を向ける。
サクッ。
それにともない、歌の旋律がはっきりとしてくる。
サクッ。
地球を懐かしむ歌。
サクッ。
優しげで、何処か悲しげな響き。
サクッ。
けれどとても強い思いが込められた響き。
サクッ。
ふと、歌声が止まった。
おそらく、近づいてくる気配に気づいたのだろう。
「今晩は」
声は、頭上から降ってきた。
物見塔に昇っているらしい。
キースが上を見上げると、僅かな星明かりしかないはずなのに
白い花の明かりを吸い込んだかのようにキラキラと光る金糸が風になびいた。
白い顔も綺麗に浮き上がっている。
綺麗な緑の瞳が柔らかく微笑んでキースに視線を向けた。
それは神秘的にすら見える光景で。
思わず、キースは息を飲んだ。
「珍しいね、こんな時間に人が来るなんて」
相手の声が、現実に引き戻す。
「お互い様だ」
その言葉にキースは苦笑しながら答えた。
「まあそうだね」
言うと、とんっと軽く音を立ててその場から飛び降りた。
簡単に飛び降りたが、高さは数メートルはある。
キースは慌てたが、まるで羽根の様にマントを靡かせて
ふわりとキースの前に降り立った。
一瞬、天使かと疑った。
だがすぐに有り得ないと考えを改める。
マザーを中心としているとはいえ、
天使や女神の存在は歴史の中で何度となく触れた。
しかし目の前の存在は、不確かなものではなく、
その瞳だけでも意思を感じ取れるほど、はっきりと存在していた。
「ぼくはジョミー、きみは?」
考えていると、突然手を差しだされて自己紹介をされた。
慌ててキースはその手を握り返す。
「キース・・・・だ」
何となく、フルネームで名乗る必要はない気がした。
「珍しい格好だな」
手を放しながら、ジョミーの格好を見たキースが正直に述べる。
あまり、見かけないデザインだ。
特にマントなど、個人の趣味はあるにしても少し飛び抜け過ぎだ。
言われたジョミーは、初めて自分の格好がどういうものか
気付いたような表情をした。
「あは、人が来ないと思ったから格好は気にしてなかったな」
どうしようかなと、マントの端を弄るジョミーに
キースは真顔のまま口を開いた。
「別に咎めはしないが、町中でするには目立つ格好だな」
咎められないと言われて、ジョミーは安心したように頷いた。
「うん、町に降りるときにはちゃんと普通の格好をするよ」
その言葉にキースは疑問を抱いた。
「降りる?お前は何処に住んでいるんだ?」
町に降りるような場所に住んでいるのは、一般人では有り得ない。
しかしキースの記憶に、ジョミーのような上の階級を与えられた人間はいない。
そもそも、階級を与えられるにはまだ若すぎる。
問われたジョミーは「あっ」と言う顔をした後、口元に微笑を浮かべた。
「この宇宙の大海原に」
「ソラ?」
「そう、だって惑星は宇宙に漂っているだろう?」
つまり、星に住むものすべてが宇宙に住んでいるということだ。
「そう言うことを聞いたわけではなかったのだがな」
「あまり詮索しないでよ。
まるで軍人みたいだよ?」
ジョミーの言葉にキースは当然だと思う。
みたいもなにも、軍人なのだから。
しかし今は確かに私服を着用しているのだから、
そうでないと思われても仕方がない。
キースは軽く息を吐くとそれ以上追求するのを止めた。
「まあ、そうだな。
だがこんな時間にお前位の年ごろの子供が何をしている」
「子供って・・・ぼくは確かに童顔だけど、
もう20歳は超えているんだぞ」
「二十歳!?」
子供が出歩いていることより、むしろジョミーの歳に驚かされた。
「俺と同じ年?」
呟いてじっとジョミーを見つめる。
・・・・どう考えても、ステーションにやってくる新入生と
同じ年ごろに見える。
いや、自分がステーション入りしたときはもう少し身長があった。
「12歳の間違いじゃないか?」
「殴るよ?」
ジョミーは成長を止めているから、子供扱いされるのは仕方がないとしても、
成長を止めた14歳より年下に見られるのは釈然としない。
「別に親に連絡したりはしないから、本当のことを言ってみろ」
「あのなあ・・・」
ジョミーはこめかみを痙攣させた。
ピッとキースの前に指を突きだす。
「世の中自分の価値観だけで物事を捉えようとしない!」
まるで母親が子供をしかりつけるような仕草。
「え、あ・・・ああ悪かった」
キースは驚いて素直に謝った。
その様子にジョミーがにこりと笑う。
「分ってくれればいいんだ」
と、ジョミーの顔つきが突然変わった。
それこそ、20歳だと言われたことを納得させるような顔つき。
その表情で夜空を睨み上げた。
と同時に、キースに通信が入る。
穏やかな空間を切り裂く音。
召集の合図だ。
こんな時間に?と疑問に抱きながらも、キースは通信を返した。
「済まないが、俺はもう行かないといけないので失礼する」
「そうか、実はぼくも帰らないといけないからちょうど良かった」
そう言って踵を返すジョミーの後ろ姿に、
何故かそのまま別れることが躊躇われた。
「ジョミー」
呼びかけると、ジョミーが足を止めて振り返る。
「なんだい、キース」
「また、ここに来るか?」
「・・・・この惑星にいたらね」
惑星を渡り歩いているということだろうか。
それでは、本当にまた会えるか分らない。
突然夜に出会った相手に連絡先を教えてくれと言うのも失礼だし
かと言って軍の連絡先を教えるわけにも行かない。
キースは思いつくままに口を開いた。
「もしまた会えたら、お前の歌を聴かせて欲しい」
「歌?」
「そうだ」
確りと頷くと、ジョミーが微笑んだ。
「また会えたらね」
そう言うと走っていってしまった。
キースも、軍の施設に戻るため歩き初めた。
その時は気付かなかった。
この高台に登る道は一本道であったことに。
キースとは逆方向へ走って言ったジョミーが、どうやって"帰った"のか。
それに疑問を抱くことが出来なかった。
コメント***
ロミジュリっすよ。
キースは淡く恋心を抱いてますが、まだ未発達。
ブログに書いた小ネタまで持っていくまでは突き進みます。
ジョミーが歌ってた歌は・・・カミホ?
夜に星空の下で一人切なく歌う感じではないが・・・。
文中にでてきましたが二人とも20歳くらいで。
キースはステーション卒業してから少しして、位です。
ジョミーはステーションへのコンタクトはとらなかった方向で。
なのでお互い初対面です。
ついでにジョミーは漫画設定の外見です。
17歳なら20と言っも然程意外に感じないからです。