「ソルジャーだ……」
誰ともなく、突然現れた麗人の名を口にする。
当然店内が騒然となった。
だがブルーは気にすることもなく女性の元までいくと
呆然としている女性の腕からジョミーを取り上げてしまった。
「あっ!」
一瞬遅れてその事実に気づいた彼女が慌てて手を伸ばすが、届かない。
ブルーは物語の王子が姫にするようにジョミーを横抱きにし、
誰にも触れさせないと主張するかのように
しっかりと腕のうちに抱きこむ。
「申し訳ありません、お嬢さん。
彼はわがシャングリラのホスト見習いでして
まだお客様との同伴を許可していないのですよ」
「え、だって・・・」
綺麗な顔で微笑まれて、照れたのか女性は俯きながら、
それでもささやかに抵抗を試みる。
マザーに駄目だしされたようなホストが、
随一といわれるシャングリラに勤められるはずがない。
だからきっと、自分を引き離すための方便だと。
そう、思いたかった。
だがブルーは微笑を崩さぬまま、間違いはないとばかりに
はっきりと口を開いた。
「彼はミュウでしてね、マザーの経営方針に合わなかった、
・・・とはいっても潰すには惜しい逸材。
そこでわがシャングリラに譲ってもらったんですよ」
「そんな・・・」
それでは間違いなくジョミーはホスト見習い。
この社会の取り決めでは、見習いのうちは個人営業は許されない。
それはホストについても同じ。
ぎゅ、っと拳を握ってしまった女性にブルーは恭しく一礼すると
もう一度ジョミーをきちんと抱えなおした。
「それでは、あまり他店のホストがいるというのも失礼ですから
ぼくはそろそろ退席させて頂きます」
"マザーの経営する店のひとつ"と違い、
相手が"ソルジャー"では、父親の権力など何の役にも立たない。
逆に、政財界を敵に回しかねなくなってしまう。
親の名が盾に取れると知っている分だけ、
どんな状況が親を危険にするのかも知ってしまっている彼女は
その姿を見送るしかできなかった。
「あの……」
呼び止められてブルーは振り返る。
そこにいたのはサムだった。
「すいません、そいつが酒飲んだの俺の所為なんです。
俺の祝いに来てくれたのにそんなことに…。
だから、その、そのことで怒らないでやってください!」
お願いします、とサムは頭を下げた。
「君が"サム"だね?」
「はい。
店ではヒューって呼ばれてますけど……」
「そう。
ではヒュー。話はわかった。
ちゃんと考慮するから心配しなくていい。
きみこそせっかくのデビューの日なのに大変だね」
「ありがとうございます!
騒ぎのことはいいんです。
デビューとかそういうのあんまり関係ないっすから。
むしろたぶんキースのほうが大変だろうし……」
そういって静まり返っている店内のほうへ視線を向ける。
それにはブルーも同意した。
「ああ、そうだね。
店で騒ぎがあった上に、ぼくのような者まで突然現れて。
彼には迷惑をかけた」
「迷惑だなんて!
ソルジャーが来てくれた、ってだけで
きっといい売りになりますから、その辺はきっと!」
「そうかい?そういってもらえるとうれしいね。
ああ、そういえばお礼を言っていなかったね。
連絡をくれてありがとう。
それからホストデビュー、おめでとう」
にっこりとブルーは笑った。
タイミングよく登場したが、もちろん偶然などではない。
サムが、シャングリラに連絡をよこしたのだ。
ジョミーが大変なことになってしまった、と。
その連絡を受けたブルーがあわてて飛び出してきて、
あのグッドタイミングだ。
ブルーにしてみれば、ジョミーを連れて行かれずにすんだだけで
サムに感謝してもし足りない程だ。
「あ!ありがとうございます!!
ソルジャーに祝ってもらえるなんて、凄い幸先いいスタートです!」
だがサムはソルジャーに言葉をもらえただけで凄いと思っているのか
(実際こちらの業界では、ソルジャーとまともに話す機会が
あるだけでかなり凄いことだ)
祝いの言葉をもらえたことにサムは嬉しそうに照れ笑いを浮かべて
何度も頭を下げて店に戻っていった。
(ステーションには後日改めて謝罪を入れないとな)
だいぶ店をひっくり返した気がする。
何をしたわけではないが、ブルーは自分という存在のことを
過小評価することなく理解していた。
とは言え今戻ってもまた騒ぎになるだけだ。
そんなことを考えながら送迎用の車を待っていると、
また一人店から姿を見せた。
「ソルジャー」
キースだ。
ブルーは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「ちょうどよかった、キース君。
ぼくは営業妨害をしてしまったようだから
先ほどの客たちの支払いはシャングリラに回してくれてかまわない」
その言葉にキースは首を振る。
「それは不要です。
あなたの登場に浮き足立ってしまったのは、
まだまだこちらのレベルが足りないからです」
きっぱりと断られてしまえば、再度言うのは失礼だ。
しかし、それではあまりにも申し訳なさ過ぎる。
「ではなにか、他に……」
ブルーがいったところで、キースは、では、と口を開いた。
「お願いが二つ」
「何かな?」
問われて、キースはブルーの腕の中にいるジョミーに視線を向ける。
「もう一度、そいつがうちに来るのを許可してほしいんです。
夜じゃなくてもいいんです。
サムが、きっと気にすると思いますし・・・友人ですから」
「・・・善処しよう」
できれば嫌だといいたかったが、それではただの心の狭い大人だ。
しかも、サムの名を出されては断れない。
ジョミーだって、飲酒をした手前駄目といえば諦めるだろうが
あからさまに落胆するのは目に見えている。
仕方なく承諾した。
「それで、もうひとつは?」
「ソルジャーに伝言を頼むのは失礼だとは思うんですけど
ブルー、という人にも伝えてほしいんです。
ジョミーが酒を飲んだのは本人の意思じゃなかったことを。
そいつ、そんな風に酔っ払った状態でも彼女の誘いを受けず
"ブルーが居場所になってくれるっていったからいかない"
っていったんです。
そいつが懐くくらいだから、そんな心の狭い人ではないと
思いますけど、もし約束を破った所為で
そいつが居場所を無くしたら困りますから……」
「ジョミーがそんなことを?」
キースがはっきりと頷くと、ブルーは驚いたように、
それでいてとても幸せそうに微笑んだ。
「わかった。
彼にもちゃんと伝えておくよ。
それより、彼女へのアフターフォローはしっかりしたまえ。
女性に寂しい思いをさせてはいけないよ?
君はまだ彼女の相手をしている時間だろう?」
ジョミーに言い寄っていた女性のテーブルにはキースも同席していた。
彼女はジョミーにご執心の様子だったが、
ジョミーはステーションのホストではない。
つまり、彼女の本来の目的はキースだということになる。
はっ、としてキースは一礼すると慌てて店に戻って言った。
先ほど横目でちらりと見た限りでは、キースが動くのとあわせて
この店の副責任者と記憶している青年が動いていたので
おそらくフォローは大丈夫だろうと認識しながら
友情を優先してしまう辺りまだ若いな、と
微笑ましくブルーはその後姿を見送った。
「まあ、ぼくもこの年になってこの行動もどうかと思うけどね」
腕の中の存在を幸せそうに見つめながらブルーはため息を漏らした。
ミュウ嫌いのマザーの店は、
もちろんサイオンで覗き見などできないようにされている。
ハーレイに暇をもらっても、さすがにジョミーのように
客としてステーションに遊びに行くわけにも行かず
如何する事もできずにヤキモキしていると
サムから、突然"ブルーという人"か"ソルジャー"宛に連絡が来た。
ジョミーが女性に絡まれて大変なことになっている、と。
連絡をもらって、車を飛ばすのすらも惜しく
普段極力使用を控えているミュウの力でテレポートして
駆けつけてしまった。
ジョミーが大変と聞いてしまえば、形振り構って等いられなかった。
そしてたどり着いたステーションで、
案内も受けずに勝手に入り込み、
可愛らしい女性に抱きしめられているジョミーを見たときには…
しかもそのジョミーをつれて帰ると言われたときには、
勝手に拒否の言葉が口から滑り出し、体が動いていた。
有無を言わさず女性からジョミーを引き剥がしていた。
ホストである以上、そういう事態もこの先起こるのはわかっていても
ジョミーを誰にも触らせたくなかった。
そこまで考えて、今己の腕の中にいることに安堵する。
飲酒の影響で朱が挿した頬も、赤みが増した唇も
暑かったのか広げられた胸元も、
健康的で、そのくせ何処ともなく色気がある。
あまりに無自覚に色気を振りまくジョミーには嘆息してしまうが
本当につれていかれなくて良かったと思う。
「しばらくホスト見習いの期間延長だよ、ジョミー」
少なくとも自分で制御できるように成るまで。
それから、とブルーは付け加える。
「言いつけを破ったことは、きみの危機を知らせてくれた
サム君にも言われてしまったし、怒りはしないけど
ぼくにあんな行動をさせた責任はとってもらうよ」
よりに寄ってあんな寂しげな表情の女性から
彼女のお気に入りを奪ってしまったのだから。
ホストである"ソルジャー"にあるまじき行為だ。
たとえ勝手にやったことだとしても、
"ソルジャー"にそれをさせたのはジョミーだ。
理不尽といわれようと、事実は事実である。
「幸いぼくは今日、ハーレイに暇を出されて夜はがら空きなんだ。
きみも今夜は遊ぶ予定だったが、
その予定はキャンセルされたようだからね」
ならぼくに付き合ってもらうよ。
と、ブルーは寝ているジョミーの頬にひとつ口づけを落とした。
コメント***
人様の店で一波乱起こしても問題なので
あっさりブルーはジョミーを連れ出しました。
譲りません。渡しません。
たとえ可愛いお嬢さんであろうと。
・・・ジョミーはいったい何時ホストデビューできるのでしょう(苦笑)
お嬢さんは良いところのお嬢様なので
木賃と自分で踏み込んではいけない領域は自覚しています。
パピーの事も木賃と考慮できるしっかりした寂しがり屋さんです。
あの子はきっとそのうちスゥエナと仲よくなるか
フィシス様に傾倒するか
ホスト達に女王様とあがめられるかの道を歩める強者だと思います。
そのうち彼女は人間なので、熟女になってシャングリラに来て
ソルジャー・シンとなったジョミーに
「あの時は可愛かったのに」とか言っちゃうようになったら面白い。
そこまで話を書くとは思いませんが。