「まあ間に合うだろう」
笑いを収めてジョミーはそう呟いた。
「よく分かりましたね、キースが12時から予約客を抱えていること」
マツカはやや驚いた表情でジョミーを見る。
キースが居なくなって笑うのをやめたジョミーは
肩をすくめるとくすりと笑った。
「12時にシンデレラは元の姿に戻ってしまうけど
 その時に魔法をかけて欲しいお嬢さんは結構いるからね。
 元に戻る時間、元に戻った姿がお姫さまだったら嬉しいだろう?」
「なるほど」
マツカは頷くとじっとジョミーを見る。
「なに?」
「いえ、ジョミーさんもホストなんですよね。
 流石に女性のことをよくご存知だなあと」
感心したような言葉に、しかしジョミーは苦笑する。
「まだ見習いだよ。
 それより入り口にずっといても邪魔になるから
 そろそろ席に案内してもらっても良いかな?」
「は、はい!」
頷いてマツカはジョミーを席へと案内した。
その後ろをただ付いてくるジョミー。
(見習い?)
その姿にマツは可疑問を浮かべた。
歩き方、身のこなし、何よりも店内に入った瞬間の表情の変化。
”魅せる”姿はホストそのものだ。
来店している女性客だって、お気に入りのホストを前にしている
にもかかわらず、僅かであろうと意識を奪われている。
これは顔立ちの所為ではない。
存在が匂わせるもの。
(流石ソルジャーに引き抜かれる逸材ということでしょうか)
だがそれではマザーが簡単に手放した理由が分からない。
ミュウだから。
その程度の理由で手放せるほど、彼は安くない。
仮であろうと副責任者を勤める自分には分かる。
ソルジャーの華はソルジャーの後ろ盾を意味するものだ。
確かに駆け出しのホストクラブにこれほど大きなものはない。
けれどそれは目先の利益だ。
ジョミーという存在が店にいればキースと張れるほどの
人気を持っていただろう。
キースの愛想のなさを考えれば、No1になる可能性もある。
ステーションはすでにマザーの後ろ盾もある。
そのことを考慮に入れれば、ソルジャーの華よりよほど価値がある。
(まさか、マザーは気づかなかった?)
彼の資質に。
研修中は噂に上るほどの破損率を叩き出したと聞くくらいだ。
落ち着きが無かったのは確かだろう。
だがそれはまだ大人の社会に来たばかりの頃のはずだ。
(あ!)
マツカは思いだした。
ジョミーはチルドレンの頃、有名なジュニアサッカーの選手だった。
それは齡下のマツカが知っているほどの。
(その知名度しか気にしていなかったんだ、マザーは・・・)
だから、ジョミー自身の資質を見落とした。
(惜しいことを・・・)

「マツカ、聞いてる?」
気がつけばジョミーが顔を覗き込んできていた。
「ぅあ、は、はい!」
思考に耽っていたことに気づき、慌てて返事をする。
「飲み物、頼んでも良いかな?」
「はいもちろんです。
 当店での一番人気は店の名と同じ”ステーション”ですが
 いかがでしょうか?」
すかさず、人気のドリンクをあげてみるが、
ジョミーはうーんと首を傾げた。
「それってさ、アルコールだよね?」
「それは、もちろんです」
ホストクラブは大人のリラクゼーションスポットなのだから。
マツカが頷くとジョミーは溜め息をつきながら頭を掻いた。
「あ〜、じゃあ駄目だ。
 ぼくアルコール禁止されてるから・・・ソフトドリンクか何かを
 ・・・出来ればオレンジスカッシュとかあると嬉しいんだけど」
「禁止?」
ホストが、アルコールを禁止されることなどあるのだろうかと
思わず不思議そうな視線を向けてしまう。
「そ。小舅みたいなぼくの家主に」
「小舅・・・」
うっかり復唱した一言に、ジョミーの目の色が変わる。
まずいと思ってももう遅い。
ジョミーは息を吸い込むと捲し立てはじめた。
「もう、うるっさいんだから!!
 一回だけ記憶無くすくらい酒飲んだことあるんだけど
 それ以来、体が完全に大人になるまでアルコール禁止って!
 ぼくミュウなんだよ?
 ちゃんと成人するのにどれくらいかかるのさ?
 ていうか、成長止まったら一生無理じゃない?
 ホストなのにそれって有り得ないでしょう?」
「はあ・・・」
同意を求められても、マツカには生返事で頷くしか出来ない。
それでも同意が返ってきたことに勢いを得たジョミーはさらに続ける。
「それだけじゃないよ?
 ぼく見習いホストなのに、エスコートであろうと
 ドリンクの提供であろうと8時までしか店に出ちゃ駄目で
 8時過ぎたらずっと裏方!
 かといって洗い物とかさせられるわけじゃなくて
 荷物の整理とか、お客様の衣装を綺麗にしたりとか!
 でもって10時になったら「もう遅いから今日は上がりなさい」
 って、どういう店なのさ!
 だいたい10時に上がるのなんてぼくだけなんだよ?
 自分は5時まできっちり働いて、しかもその後色々片付けて
 7時頃に自分の部屋に戻るんだよ?
 10時のどこが遅いのさ!」
言い切って、はあはあと荒い呼吸をするジョミー。
きょろきょろと辺りを見回す。
「え、ええと・・・オレンジスカッシュ持ってきますね・・」
何を探しているのかを理解し、マツカは逃げ出すチャンスとばかりに
そう言って背を向ける。
「よろしく」
そう背中から声をかけられて頷きを返すと、楚々とその場を去った。
そして思った。
(確かに、扱いづらいかもしれない・・・)
と。
あの感情の勢いはマザーには扱い辛いだろう。
少しだけ・・・本当に少しだがマザーに対する恨みは薄れ
彼を迎え入れた”ソルジャー”に尊敬の念を抱いた。

(でも、どうしてアルコール禁止なんだろう?)

大人の社会に出た者は一応飲酒が許される。
事実ジョミーだって飲んだことがあるとは言っていた。
(酒癖が・・・悪かった?)
可能性は大だ。
それが先程のような勢いで絡んでくるようなら、
あまり飲んで欲しくはない。
その考えに思い至り、やはりジョミーは難しそうだと
マツカは改めて溜め息をついた。












コメント***
なんかマツカの話になりました(笑)

そしてうっかり明かされるブルーとの約束。
「飲酒禁止」
ブルーは小舅扱いですか・・・(苦笑)