「もう、いいです!」


その叫びとともに、ジョミーが家出をしてしまったのは3時間前。
正確には家出ではない。
友人のところに泊まりがけで遊びに行ったのだ。
遊びに行った「だけ」というには少々家出に近いが。
友人、サム・ヒューストンのホストデビューを祝いに行くという名目で
よりにもよってジョミーは自らが勤める予定だった
ステーションに赴いてしまったのだ。
ブルーにしてみれば気が気ではない。
だが、ジョミーは日ごろから自分に対するホストらしからぬ扱いと
ブルーの態度に鬱憤をため込んでいたのだ。
そこに、友人の元を訪ねるというだけの事柄に難色を示されて
爆発した。
出ていくジョミーの背中に、ブルーが何とかかけられた一言は
「ジョミー、約束は・・・」
「守りますよ!」
余計にジョミーを怒らせてしまった。




表面上笑顔を取り繕いながら、仕事を続けるブルー。
「いい加減にせんか!
 若い娘がそんなにがばがばと飲んだくれるものではないわい!」
どこかでゼルが怒鳴る声が聞こえる。
彼はこういうキャラであり、心配してくれるおじいちゃん的なところが
親元はなれて寂しい思いをしているお嬢さん達に大人気なのだ。
あと、喝を入れて欲しい若者などに・・・。
ブルーは自分も喝を入れて欲しいと思ってしまった。
(やはり、いい加減にしろとか思われているのだろうか・・・)
思いに馳せるはジョミーのことだ。
「じゃあ、ここのお奨めノンアルコールのカクテルにする〜!」
ゼルに怒られたお嬢さんが、怒られたのにうれしそうにしている。
自分も、ああして笑顔で受け入れもらえるような言い方ができればいいのにと
ブルーは更に切なくなる。
ジョミーの前だと、どうしてもうまく言葉を選ぶことができない。
お客を喜ばせる言葉ならいくらでも出てくるのに・・・。
(ノンアルコールのカクテル・・・)
また一つ、新しいカクテルを頭に生み出してしまった。
思いつくままにシロップを手にし始める。
(ソーダ水にオレンジシロップ・・・
 いつもより酸味を加えるためにライムを。
 皮を飾り切りして載せて、これでグリーンをイメージ。
 ああ、オレンジの皮を少し混ぜて苦味も必要かな)
今日の、怒って出ていってしまったジョミー。
(赤は、必要ないか)
出ていくときのジョミーは怒りもあらわに叫んでいたのに
燃え上がるような赤ではなかった。
少し苦味を含んだ、切なげな・・・。
ブルーは作り上げたカクテルを差し出した。
「少し大人の味のする、新作の太陽シリーズです」
「わあ!」
突然のソルジャーの登場と、新作カクテルに女性は喜びの声を上げる。
そして早速手を伸ばした。
「なんだか、いつもの甘かったり爽やかだったりするのと少し違うんですね」
でもおいしい。と女性はそのまま口に運び続ける。
「ええ、切ない恋の味をかくし味にしておりますので」
「まあ。
 それはソルジャーの恋ですか?」
「どうでしょう」
にっこりと笑顔で答える。
女性もまさかソルジャーが恋をしているとは本気で思っていない。
ソルジャーが誰かのものになるなど想像もつかないからだ。
だからわざとらしく「残念」などと笑顔で言った。
「余計なものが邪魔をしない、シンプルな思いを伝えたいというカクテルですよ」
それがうまくいかず、甘いはずのオレンジが苦く感じてしまう。
「このカクテル、なんて言う名前なんですか?」
太陽シリーズはすべてソルジャーが名前を付ける。
「そう、ですね」
ソーダ水の底に沈む、オレンジ。
「水底の太陽、といったところでしょうか。
 水底に映る太陽は、太陽を近くに求める者の為に太陽がくれた分身。
 けれど姿だけで実ではないそれは、直接手に入れることはできない」
「名前まで何だか切なーい!」
女性の率直な意見に、ブルーは苦笑してしまった。
「あ、でもソルジャー」
「はい」
「ほらこうして混ぜると太陽も一緒に飲み干せちゃうんですよ。
 というか、混ぜないと苦くて飲めないかも。
 このオレンジがあって初めておいしくなるんだと思います」
その言葉に、ブルーはどきりとした。
世界は、簡単には太陽をくれない。
太陽が陰ると、寒くて不安になる。
けれど、太陽があるから世界が美しく見える。
ジョミーがいるから、不安があるけれど
ジョミーがいるから、こんなにも心が揺れる。
世界が輝いて見える。
「そう、ですね。
 太陽ごとすべてを楽しんでしまいましょう」
ブルーは、やっと作り物ではない笑顔を浮かべられた。
「それでは、お嬢様。失礼いたします」
笑顔のままそう告げてテーブルを離れた。



裏に戻ると、ハーレイがいた。
「その様子だと、もう大丈夫そうですね」
「大丈夫?」
何がだろうかと疑問を浮かべるブルーに、盛大なため息がつかれた。
「ご自分がどんなご様子だったか気づいていなかったのですか?」
「仕事はちゃんとしていたつもりだが・・・」
それは確かに落ち込んでいたが、仕事を蔑ろにしたりはしない。
だがハーレイは首を振る。
「いつもと全く違いましたよ。
 ご予約のお客様以外、貴方の指名をすべてお断りしていたほどですから」
「ああ、それでぼくは途中から指名が無かったのか」
いつもなら、開店から閉店までほぼ休み無く指名が入っている。
それが、今日はカクテルをのんびり作れるほど指名が無かった。
「いつもの貴方なら、すぐに私の差し金だと気づいたでしょうね」
「・・・すまない」
頭を抱えるハーレイにブルーは正直に謝った。
「まあ、良いです。
 調子が戻ったとはいえ、どうせ貴方の頭は
 今日はシンのことでいっぱいでしょうから、そのまま休んでいて下さい。
 下手に出られて、お客の前でジョミーと呼ばれても困りますから」
「いくら何でもそんなことはしな・・・」
「しないと、言い切れますか?
 あんなカクテル生み出しておいて」
「うっ・・・・」
胸に刺さる指摘だ。
「おとなしく休んでいて下さい」
店では、店長であるハーレイの方が一応上。
「わかった・・・」
ブルーは渋々頷いた。






コメント***
ブルーがいったのはゼルのテーブルですよ。
ブルーは、他のテーブルに割って入っても怒られません。
次はステーション編です。
キースとかサムとか(笑)