「いらっしゃいませ」
頭を下げて女性客を迎える。
「あら、新しい子?」
品の良さ気な美女が小首をかしげて訊ねてくる。
「はい、先日より此方でお世話になっております」
にこりと微笑むと、女性も微笑む。
「まあ、かわいらしい。
今日は貴方をご指名させてもらおうかしら」
「いえ、自分はまだ見習いでして
お客様をご案内できるような立場ではないのです」
本当に残念そうに言うと、客も無理強いはしてこない。
そんな失礼な客は、シャングリラには滅多に来ない。
「そうなの?残念だわ。
あなたは充分素敵な男性だと思うのに・・・」
「ありがとうございます。
ですが当クラブでは沢山のホスト達が
お客様をお待ちしておりますので是非彼らを
よろしくおねがいいたします」
言いながら手をとり、店の中へと導いていく。
「シン!」
お客様をご案内して、ほうっと息をついたところで呼ばれて
ぎくりとする。
恐る恐る振り返れば、其処には表情こそ穏やかだが
目の奥に憤りを隠したソルジャーがいた。
その姿が現れただけで、客から熱い溜め息交じり声が漏れる。
そんな女性達ににこやかに笑顔を振りまきながら
シン、ことジョミーのもとまで歩いてくると
すっと手を差し出した。
諦めに似た気持ちで躊躇いがちにその手に自らの手を重ねると
ジョミーの手は予想より強い力で握られた。
そのままエスコートされるように
(ジョミーからすれば引き摺られるように)
クラブの裏へと連れていかれた。
「何故きみが店にでている」
にこやかな笑顔は一変。
いらだちをそのまま宿した顔でジョミーを見下ろしている。
ジョミーは俯いて顔をそらし、口をヘの字に曲げていた。
「お客様をエスコートしただけです」
「それでもきみが店にでていたことに変わりはない」
ホストとして雇い入れたくせに、ブルーはジョミーが店に立つのを酷く嫌がる。
だから、この店に入って1カ月にもなるのに
ジョミーはずっと裏方をこなしていた。
別に、ホストとして接客が大好きというわけではないので
身体を動かせる裏方の仕事を与えられて喜んではいたが・・・。
「ぼくも一応ホストとして雇い入れられた身です。
お客様をご案内することの何がいけないというんですか?」
それでも、店にでると怒られるというのは酷すぎる。
見習いの枠を越えてホストとしてお客様をお持て成ししたわけではない。
ただ、案内係の人手が足りないから、お客様を待たせないようにと
案内係として店にでただけなのだ。
それだけだ。
お客様にも不快な思いはさせずに済んだはずだ。
それなのに、ブルーはジョミーが店にでたことに怒る。
「まだ早いと言っているんだ!」
其処の言葉にカチンと来る。
「じゃあ何時になったら早くないんですか!」
泣きそうだった。
頑張っているのに、ブルーはまったく認めてはくれず
子供扱いをし続ける。
「本当は、やっぱりぼくなんてホストに向かないと思っているんでしょう!
店に出して、シャングリラの品位を落とすのが嫌なんでしょう!?」
ちがう。
ブルーはそんな人じゃない。
ジョミーを心配してくれているだけなのだ。
そうは思っていても止まらない。
心配される立場に居続けたいわけじゃない。
もっと、別の存在になりたいのに・・・。
「役立たずの乱暴者が店にでて済みませんでした!!」
声を抑えながら叫ぶと、ブルーが戸惑った表情になる。
「ジョミー、それは違う。
ぼくはきみがホストに向かないとも
シャングリラの品位を落とすような存在だとも思っていない。
ぼくは・・・」
『ソルジャー』
言いかけたところで、リオが現れた。
『お客様です』
「・・・すぐ行く。
少しだけ待っていてくれ」
「駄目です!
ソルジャーがお客様を待たせるなんて
そんな失礼なこと、絶対にしたらいけません!」
躊躇うブルーにジョミーが言う。
「だが、ぼくはきみに・・・・」
言いかけて、だがジョミーに真っ直ぐに見つめられて
溜め息をついて頷いた。
「わかった」
くるりと踵を返し、店の方へと歩みを進める。
カーテンをくぐる前に、もう一度ジョミーを振り返る。
「ジョミー、もう10時だ。
今日はもう良いから部屋に戻って休みなさい」
「わかりました」
ブルーの言葉にジョミーは渋々ながら頷いた。