シャングリラへ向かう車の中。
ブルーは気を抜いたように息を吐きながら口を開く。
「グランドマザーは既にきみがミュウであることを知っていたようだね」
当然といえば当然だけど。
と、ブルーは言った。
「え?」
「随分あっさりと手放した」
「それは、貴方の花の方が特だと判断したからじゃ・・・」
「それもあるだろうけど、多分・・・
もともときみを手放すつもりは有ったんだと思うよ。
でなければ、あの場で”ソルジャー”に対して
代理を立てたりしないさ。
マザーではぼくに対して強く出られないのだから」
歓楽街において”グランド・マザー”と”ソルジャー”は対等。
つまり、グランドマザーの下にいるマザーは
ソルジャーより立場が弱い。
下手なことをあまり言えないのだ。
ジョミーを手放す気がないなら、もしくはより多くを望むなら
グランドマザー自身が出てくる必要が有る。
それを敢えて代役で済ませたのは、
手放すつもりが有る者を、より多くの付加価値を付けつつも、
ソルジャーとの関係を壊すことなく手放すためだ。
「そんな・・・
それじゃあ貴方ばかりが無駄な・・・」
「無駄、とは聞き捨てならないよ」
「え?」
驚く間もなく、ブルーはジョミーの肩を引き寄せる。
「ぼくとしてはきみが手に入るなら
花の一つや二つどころか百、二百送ったって構わない」
そして顎に手を添える髪を啄ばむように口付けを落とす。
「そ、ソルジャー!」
まだその手の行為に馴れていないジョミーは
慌ててブルーから離れようとするが、
いきなりブルーはジョミーの両肩を掴んで向かい合った。
「ジョミー!」
叱責する様な声。
「はい!」
ジョミーは思わず身を堅くする。
(ブルー、怒ってる?
なにか、まずいことした?)
ここで彼に見捨てられたら、と不安になる。
(いや、多分ブルーは見捨てたりはしない。
でも、嫌われたら・・・・)
ちゃんと、契約通り雇ってはくれるだろう。
仕事に就けなくなるということはない。
でも・・・。
(それは、居場所が有るのとは違う・・・)
ぞっとしたジョミーは思わず身震いをする。
「二人の時は、ブルーと呼んでくれ」
「・・・は?」
思わずジョミーはそんな声を漏らしてしまった。
「確かに先ほどは、二人きりではないから
ソルジャーと呼んで欲しいと此方からお願いはしたが
言っただろう?
二人きりの時は名前で呼んで貰えるととても心躍ると」
「は、はあ」
「二人きりの時は名前で呼んでくれたまえ!
さあ!!」
(さあって、そんなに力説すること!!?
しかも、呼べって事だよね?)
何もないのに呼ぶのは、正直気恥ずかしい。
だが、目の前には優美な顔に満面の期待を宿した表情。
正直にいえばより気恥ずかしい。
が。
「・・・ぶるー」
囁くようにジョミーはブルーの名を口にした。
とたん、抱きしめられる。
「ああ、ぼくのジョミー!
きみはなんて素直で可愛らしいんだ!!」
「ブルー!ちょっ、車の中ですから!!」
広いけど。
それでも車の中。
危ないだろうとジョミーは思うのだが・・・。
が、何故かブルーはより強くジョミーを抱きしめた。
「大丈夫だよ。
何かあってもぼくがきみを守るから」
「そうじゃないでしょう!」
ジョミーは必死だ。
危ないうんぬん以上に、本当は気恥ずかしくて仕方がない。
とにかく目の前の麗人は己に対し、異常なスキンシップをしてくる。
サッカーをしていれば試合の後に抱きあうことなどよく有るが
それとはどうしても同一視できない。
この場合、ブルーというのが一番の問題だ。
とにかく綺麗な人なのだ。
それは男とか女とかそんな些細なことは関係ないほどの美しさ。
こんな相手に抱きしめられていて平常心でいられるはずが無い。
しかも、恥ずかしい台詞までくれるのだから堪らない。
ジョミーはとにかくブルーとの間に少しでも空間が欲しかった。
するとブルーは予想外にあっさりと放す。
ほっとしてブルーを見るとクスクスと笑っていた。
「本当に可愛いな、きみは」
その言葉にジョミーははっとする。
あえてあの場で強く抱きしめてきたのは、
ジョミーの反応を楽しむためだったのだと気付いた。
「からかわないでください!!」
真っ赤になって顔をそらしてしまうジョミー。
「からかったわけではないのだが・・・。
きみの色々な顔がみたくて・・・。
その、はしゃいで済まなかったよ」
いきなりブルーの声が消極的になる。
ちらりと視線を送ると、困ったようなブルーの顔が見えた。
「ジョミー、ぼくから目を逸らさないでおくれ。
ぼくのそばから逃げないでくれ」
ブルーの手が再びジョミーの髪に絡まる。
そしてキスを一つ。
行為自体は先程と何が変わったのか分らない。
だが、ブルーはどうやら本気で謝っているようで・・・。
(ああ、やっぱりぼくが馴れるしかないんだ・・・)
ジョミーは諦めに似た気持ちでそう思った。
「別に、怒ったわけじゃないんですよ」
言いながら、ジョミーの声に反応して僅かに離れたブルーの手をとる。
「貴方の傍から、逃げるはずが無い。
貴方の役に立つと、言ったばかりじゃないですか。
貴方がぼくの居場所だ」
ブルーの手と重ねた手に僅かに力を込めて、
ふわりと微笑む。
「っ!」
ブルーは驚いたように動きを止めた。
「・・・ブルー?」
「ジョミー、きみは・・・」
「はい?」
珍しく躊躇いがちなブルーに、不思議そうなジョミーの顔。
「いや・・・」
少ししてブルーはいつもの優しい笑みを取り戻した。
そして空いている手で優しくジョミーを抱き寄せる。
「きみの光は本当に暖かいね。
夜の海でも、きっとぼくを照らしてくれる」
「ブルー?」
「きみが、その光を失わないように、
たとえどんな世界でもきみを守るから」
どこか、誓いのような、そんな響きを含ませてブルーはもう一度言う。
「必ず、守るから」
これからジョミーが行く世界は、綺麗なだけではない。
それでも、やはりこの存在は手放せない。
だからせめて、守りたい。
ふと、ブルーはジョミーが微笑んだことに気付いた。
「大丈夫ですよ。
ぼくは意外と打たれ強いですから。
居場所を守るためなら、ぼくは頑張れます」
握ったままのブルーの手を両手で包み込んでそう言った。
「ぼくは、あなたの傍で強くなる」
コメント***
何故か最後がいきなりシリアス調に!?
これで開店準備編は・・・実は終わりです。
次は開店いたします。
シャングリラ編かステーション編の話に突入。
これからぞろぞろといろいろな人が登場する・・・筈です。
しかし、この人達車の中で何イチャついてんの?って感じです。
運転席とは仕切られてますから、一応空間には二人きりですよ。
ジョミーは天然のたらしだと思います。
ブルー、たらされてます。
本当の意味ではブルーよりジョミーの方が凶悪です。
きっとこの後ブルーは喜びと後悔の板挟みで大変になることでしょう。