雇用・3
『ようこそ、ソルジャー』
部屋に入ると声が降ってきた。
声の主の姿は見えない。
「お久しぶりです、グランドマザー」
ブルーが恭しく礼をする。
ジョミーもつられて頭を下げたが、
何処から声が聞こえたのかが分らず、きょろきょろと辺りを見回すと、
ソルジャーは苦笑を浮かべた。
《マザーはご高齢だからね、脳以外の身体は
全て機械に繋がれていて、あまり表には姿を店なんだ》
テレパシーで伝えられてどきりとする。
まだ、ジョミーはこの会話方に馴れていない。
ブルーもわかっている。
それでも遇えてそうしたのは、ブルーがソルジャーだからだ。
下手なことは一言たりとも言ってはいけないのだ。
二人は作りのよいテーブルの前の柔らかなソファに座るよう促された。
大人しく二人は腰を下ろす。
すると其処に一人の女性が現れた。
ブルーは立ち上がって花束をその女性に差し出す。
「これは、マザー・イライザ。
相変わらずお美しい。
貴方の美しさには敵いませんが
どうぞ貴方を飾る彩りの一つに加えてやって下さい」
「ありがとう、希代のソルジャーから
そのようなお言葉を戴けて光栄ですわ」
二人ともにこやかにやり取りを行っているが・・・。
(嘘臭い・・・)
ジョミーが思うのも無理はないことで。
イライザに至っては、完全にミュウを嫌っているように見える。
それでも態度を悪いものにしないのは、
流石マザーの一人と言ったところか。
グランド・マザーを筆頭に、パルテノンの系列は
グランド・マザーに選りすぐられ、
マザーの名を与えられたもの達が経営している。
つまり高級クラブの、管理人なのだ。
「まあ、お二人ともお座りになってくださいな。
ソルジャーが態々ご自身でお越しになるほどのご用向き。
本来ならグランドマザーが応じるべきなのでしょうが
不肖、この私が代理人を務めさせていただきます」
その言葉に、ソルジャーは嫌な顔一つ見せずに
麗しい笑顔と、心地よい声で応じる。
「構いませんよ、これはどちらかといえば
貴方にお話しすべき事柄ですから」
「私に?」
「はい。
この度お邪魔させて頂いたのは、彼のことですから」
「えっ・・・」
いきなり指名され、ジョミーは慌てた。
「彼は、貴方が教育係を務めたキース・アニアン氏の
ステーションに縁のあったものです」
言われて、初めてイライザがジョミーに視線を向けた。
「あら、ソルジャー自らおつれになるからどなたかと思えば
当系列のホストクラブのホストですわね」
分っていての、わざとされた発言だ。
「いえ」
ソルジャーはきっぱりと首を振った。
「違うと?」
「ええ。こちら、ジョミー・マーキス・シンは
当シャングリラのホストです」
「お戯れを」
優位を確証しているのか、くすくすと笑うイライザに
ソルジャーは懐から一つの封筒をとりだす。
「此方が、各省から正式に認可の下りた契約書となります」
「そんな馬鹿な!二重契約は違反です」
その封筒には言った契約書を見た瞬間、イライザの顔色が豹変した。
声も、穏やかなものとはいえなくなる。
しかしソルジャーは最初から変わらず静かな笑みを浮かべたまま。
「二重契約でしたら」
「違うと?」
「そちらの契約はまだ仮契約でしたね?」
「契約には違いありません」
だが、本契約の方が効力がある。
仮である以上、裁判などを起こせば本契約が優先される。
「ええ、そこでそちらの仮契約を破棄していただこうと思いまして
こうして伺った次第なのですよ」
だが、それはあまり対外的にもよいとは言えないことなので
基本的にはこのようにオーナー同士が”話し合い”で
ケリをつけるのだ。
「こちらが、彼を簡単に手放すと?」
「ええ」
イライザの言葉に、ソルジャーはやはりすんなりと頷く。
「彼がどういう存在だかご存知の上で?」
チルドレンの頃から既に有名なのだ。
それだけで客引きになる。
「はい。彼はミュウですから、
シャングリラに入るほうが自然でしょう」
「えっ・・・」
「ご存知ではなかったんですか?
ジョミー・マーキス・シンはかなりの力を持ったミュウです。
ぼくは彼がミュウだったので、容姿からも問題ないと判断して
契約を結んだのですが、既に此方で仮契約をしていた事実が
"後になって"判明しまして」
「それで態々此方へ?」
「はい、仮契約を破棄する前に本契約を結んでしまったのは
此方の落ち度ですから」
「なるほど・・・」
イライザは一呼吸置いて、再び最初の余裕のある表情に戻る。
「ですが、如何にミュウであったとはいえ、
これまで指導してきた時間を考えれば
簡単に手放すわけには行きませんわ」
「そうでしょうね、そのお気持ちは良くわかります。
流石に、ただ契約を解除して欲しいというだけでは
そちらにとても失礼だ」
「それでは、どうするおつもりで?」
「『ステーション』開店の折りには
”ソルジャー”からグランドマザーから送られるであろう花と
同等の花をご用意いたしますよ」
たかが花。
だが、この歓楽街で『グランドマザー』と『ソルジャー』両方から
認められるということは、それだけで一つ所ではない地位と信頼を築ける。
開店早々、『ステーション』はその地位を不動のものとするのだ。
「たかがミュウのホスト一人で、ソルジャーからの花だ。
悪いお話ではないと思いますが?」
「なるほど、確かに悪いお話ではないですね。
ですが・・・」
更に駆け引きを持ちかけようとするイライザ。
しかしソルジャーとてこれ以上は譲らない。
「昨日、ジョミーを追いかけていた不貞の輩がいたのですが
彼らが、”どのような目的で”彼を追いかけていたのか
正直に話しましたよ」
明確な脅し。
人間の思考を弄る行為は長いこと禁止されているのだ。
それはたとえマザーであろうとも。
「如何でしょう?
彼の仮契約を速やかに破棄していただけますでしょうか?」
「・・・・分りました、お受けいたしましょう。
今日中にはパルテノン側のジョミー・マーキス・シンに対する
雇用契約を破棄いたしますわ」
イライザが言うと、ソルジャーは満面の笑顔をみせた。
「お受けいただいてありがとうございます」
何処か悔しさを押し殺したようなイライザの前で
ソルジャーはジョミーの肩を軽く叩く。
「それではあまり長居をするのも失礼だ。
失礼させていただこう」
「は、はい」
ジョミーは素直に頷いてソファから勢いよく立ち上がる。
その横でブルーも優雅に立ち上がった。
「それでは、マザー・イライザ。
またお会いできる日を心待ちにしております」
同じく見送るために立ち上がったイライザの手にキスを送り
ブルーはジョミーの肩を抱き寄せるとイライザに背を向けた。
そして、十数歩歩いたところで、ようやく扉によって遮られ
ジョミーからは力が抜けた。
「結局、ぼくは本当に何も出来ませんでした」
落ち込んで俯いてしまったジョミーの頭を優しく撫でながら
ブルーは笑みを零す。
「当たり前だよジョミー。
仮にも相手はマザーだよ?
大人の社会に来たばかりのきみにどうにかされたのでは
相手も立つ瀬がないだろう?」
「そう・・・・ですけど・・・」
「なら気にしないことだ。
気にしたってどうにもならないことより、
きみはこれからがあるのだから、そちらを考えるとよい」
「・・・・はい」
「良いこだ。
では帰ろうか、シャングリラへ」
(かえる・・・)
ブルーの言葉を聞いてジョミーははっとした。
(そうだ、帰るんだ・・・ブルーと一緒に・・・)
ジョミーはきっ、と顔を上げた。
「ぼく、ぜったい貴方の役に立ちます!」
強く言わ、ブルーは思わず押されたようにまばたきを数回繰り返し、
やはり、いつもの優しい・・・そして何処か嬉しそうな笑みを浮かべた。
「期待しているよ」
コメント***というなの言い訳。
ジョミーとブルーが喋らない。と、書いていてちょっと寂しい。
一応、『雇用』はこれで終わりです。
あとは事後談をいれて、ようやく開店準備編が終わりになります。
これから他の皆さんも登場します。
勿論ステーションのメンバーも!