雇用前夜
「どうしたんだい?」
緊張した面持ちで一言もしゃべらないジョミーに
ブルーが心配そうに声を掛ける。
先程、ようやく不安を解いたジョミーがまた緊張している。
気分でも悪くなったのかと心配になる。
だがブルーの心配はいらぬものだった。
問題はもっと別のところにある。
「明日はマザー側の仮契約を木賃と解除しに行くから
それまでは何もないようにぼくの傍にいるんだよ」
と言う一言からシャングリラから離れられなくなったのは仕方がない。
もし解除が成立する前に掴まるようなことになったら意味がないからだ。
しかし、契約が成立したとはいえ今日の今日でジョミーの部屋など
用意できるはずもなく、ブルーがシャングリラのスイートルームを
ジョミーに提供しようとして、それを
「そんな恐れ多いところには泊まってもゆっくり寝られません」
と、丁重にお断りしたまでは良かった。
そこまでは。
では何が問題か。
ジョミーは今、そのスイートルームより更に上にある
ソルジャーの部屋にいた。
広い部屋に薄い明かり。
クラブ・シャングリラに入った時も思ったが
星の海にいるような錯覚を覚えさせられる場所。
星や夜景を見るなら何と素晴らしい場所か。
と、思えるが・・・。
(スイートルームの方がまだマシだ〜〜〜〜!!!)
ジョミーは本気で思った。
場違いにもほどがある。
美しければ美しい場所ほどそう感じさせられてしまう。
すっかり委縮してしまったジョミーをブルーはどう勘違いしたのか
優しく抱きしめる。
「ジョミー、緊張しなくてもいい。
明日はぼくに任せて。
必ずきみをぼくのものにしてみせるから」
マザーなどに奪われたりはしないよ。
と、安心させるように頭を撫でてやるが
逆にジョミーはより混乱してしまった。
「え!?いえあの・・・そうじゃなくて・・・
確かにそれは心配ではあるけれど、
もっと別のことが今は気になるんです・・・」
「別のこと?」
聞き返されてジョミーは眩暈がした。
一般人がいきなりこんな環境に連れてこられたら
普通混乱するとは思いませんか!?
とジョミーは叫んでしまいそうにるのを必死で堪える。
(この人ホストなのにどうしてそう言うことに気付いてくれないの?
男の感情には疎いのか?そうなのか!?
いやいやそもそも一般常識なんて通用しないのかも・・・。
ってか、「ぼくのもの」ってどうなの?
ホストってどうしてそう、言い回しが微妙なの!!?
ぼくもそんなふうに言えないと駄目なの?
じゃあぼくホストなんて無理だよ!!)
「ジョ、ジョミー!!?」
人間、色々なことがあって感情がパンクすると
涙が流れてしまうものだ。
嗚咽を漏らすでもないのに
ぼろぼろと涙を零してしまったジョミーを見て
ブルーはかなり慌てた。
ジョミーが嫌がらないように読むことを避けていた思念に触れてみる。
触れた瞬間伝わってくる混乱、不安、沢山の感情。
「ああ、ジョミー大丈夫だから」
抱きしめる腕に力を込める。
「さっきも言っただろう?
一度に全部を理解しようとしなくていいんだ。
ちゃんと受け止めるためには一つづつゆっくり理解していかなければ
きみの心がパンクしてしまうよ」
そう言って落ち着かせようとしても、ジョミーの涙は止まらない。
本当に1日で色々なことがありすぎたのだ。
それなのに不安ばかりがまだ残っている。
ブルーは腕の力を緩めると、ジョミーの肩を掴み
軽く押すようにしてジョミーを押し倒す。
そしてジョミーの目元に唇を寄せた。
溢れてくる涙を舌で搦め捕る。
ジョミーは感情が一杯の所為か、その行為に気を取られることなく
やはり涙を止めることはない。
(きみにこんなふうに触れたくはなかったけれど・・・)
ブルーは溜め息をついてジョミーの顎に手をかけると
ジョミーの唇と己のそれを重ねた。
薄く開いていた唇から舌を割り込ませ、ジョミーの舌と絡める。
深い接吻け。
「・・ん・・・んん・・」
最初は為れるままになっていたジョミーは
息苦しさに酸素を求め、声を漏らす。
その声に、遠くに行ってしまっていた思考が戻ってくる。
少しずつ状況を理解していく。
そして、はっきり理解した。
「!・・・んー!んー!!!」
慌ててブルーの胸を押し返そうとする。
するとブルーはあっさり離れた。
そして微笑みながらの一言。
「おかえり、ジョミー」
ジョミーの涙は止まっていた。
たしかに感情の底から帰ってきた。
帰って来方が微妙だと言っても良いだろうかとジョミーは本気で悩む。
けれどブルーが本気で心配してくれていたのは
かわされる接吻の間に流れ込んできた想いで良くわかっていた。
「どうして・・・」
キスなど出来たのか。
と言うジョミーにブルーは笑顔を崩さない。
いつでもジョミーに向けるのは優しい笑み。
「ぼくはジョミーがとても大切だからね」
ジョミーに触れることに嫌悪を抱くはずもなく、
むしろ許されるならいくらでも触れて口付けたい程だ。
と、ブルーは残った涙をやはり唇で拭いながら思った。
それがジョミーに伝わったかはわからない。
ただ、ジョミーはブルーの行為を黙って受け入れていた。
(ドライヤーの風って、温かいんだな)
そう思いながらスイッチを切り、置いた。
そしてバスルームをあとにして、寝室に戻り
驚いた。
「まだ、いたんですか?」
もう既にホストクラブは開店している時間だ。
というか、開店してから2時間は経っている。
なのに、ブルーがまだいる。
自分のせいで行けていないのではないかとジョミーは不安になる。
「ゆっくりお湯に浸かると身も心も温まって落ち着ける」と
ブルーがシャワールームのバスタブに湯を張りジョミーを浸からせたのだ。
出てきたジョミーはブルーはもう行ってしまっているだろうと
思っていたのでかなり驚いてしまった。
「大丈夫、もういくよ」
立ち上がってジョミーに歩み寄る。
「ああ、ちゃんと温まったね」
ジョミーの頭を撫でながら囁く。
「ぼくは仕事があるから戻るのは遅いけれど
明日は昼から出かけるから、今日はちゃんと休んでおくんだよ」
「はい・・・」
頷くジョミーの頬に手を置いて上を向かせる。
目の端に軽く指を当てると心配そうに言った。
「まだ目元が腫れているね」
そして瞼を覆うように軽く当てられた手に、
ジョミーは暖かいものが流れ込んでくる気がした。
「これ位なら、ちゃんと寝ていれば大丈夫かな」
言いながらブルーは手を放す。
「いま、なにか・・・?」
「きみがゆっくり寝られますように、というおまじないだよ」
またくしゃりとジョミーの頭を撫でる。
そして前髪をかき上げると、その額にかるく口付けた。
「これもね」
そう言うとブルーは名残惜しげにジョミーから手を離した。
「おやすみのキスだよ」
微笑みながら言い残すと、ブルーは部屋を出ていく。
「おやすみなさい」
扉が閉まる直前、ジョミーは慌てて言った。
「おやすみ」
それを聞いたブルーが嬉しそうにそう返して、扉が閉じた。
コメント***というなの言い訳。
ブルーの部屋・・・。
薄暗いのは青の魔のイメージです。
でもきっと見えないところに明るい場所があるんだ。
・・・ジョミースポットがあるんだ。
だってファンだもの!
一瞬、裏突入!?
とか思ってしまいましたが・・・
不安でいっぱいの子にそれをしていいのかわからないので
取りあえずちゅうまでで。
湖朱萌は「おでこにちゅう」とか「ほっぺにちゅう」をよくさせますが
大好きなんです!!
あと「頭を撫でる」と「頬をなでる」も。
何か優しい愛があるじゃないですか!!(なんの力説!?)
次の『雇用』で第1部が終了します。
VSマザーの予定です。