後悔とは、先に悔いることが出来ないから後悔なのだ。
ジョミーとブルーを乗せた車はとある白い建物の前で止まった。
裏口だったが、その佇まいはどの角度から見ても
その白い建物が何であるか、一目で理解できる場所。
理解した途端、ジョミーは血の気が引く気がした。
「あの・・・」
「どうかしたのかい?」
恐る恐る声をかけるジョミーに、
ブルーは出会ったときから変わらぬ笑顔を向ける。
「ここ、ですか?」
「そうだよ」
なんでもないように言い放って、
そのまますたすたと歩いていく。
麗しい容姿に、品のある身のこなし。
その様は確かに、場所に似合っていた。
似合いすぎていた。
その様子を見て「有り得ない」などとは
口が裂けてもいえない。
ジョミーたちが到着した白い建物。
それは歓楽街にありながら、高級の名を持つ場所。
ホテル「シャングリラ」。
このホテルにあるホストクラブといえば
この白く麗しいホテルを築き上げる程の
超のつく高級クラブ。
ホストクラブでありながら、性別を問わない客層を維持し
政府高官御用達。
最上階に鎮座する、歓楽街で一番高い位置にある空の神殿。
ホテルと同じ名(正確にはホテルがその名を受けたのだが)をもつ
ホストクラブ「シャングリラ」。確かに、ブルーがマザーに使われるような相手だとは思わなかった。
よく考えればマザーに対抗出来る相手など限られている・・・
というか、正確にはこのホストクラブだけだろう。
それほどに、
マザーの経営するクラブ「パルテノン」と
ソルジャーが経営する「シャングリラ」は
歓楽街で特別な存在だ。
(気づけよ、ぼく・・・)
「あの・・・」
「どうしたんだい、ジョミー」
早くおいでとブルーは手招きをする。
「いや、あの・・・勢いで言っちゃったんですけど・・・
やっぱり・・・・」
「うん?」
動くことが出来ず、その場でしどろもどろになるジョミーに
ブルーは笑いかける。
その笑顔に、ジョミーは何もいえなくなってしまう。
なんというか、言ってはいけない気にさせられた、という気がする。
だが、これがホストなのかと思うと
余計に敷居が高く感じられてしまう。
ブルーは動けないでいるジョミーに歩み寄り、その腰に手を回した。
「ひっ!?」
驚いて斜め上を見上げれば、やはり笑みを浮かべたブルーの顔。
「こんなところで立ち話もなんだから、行こう」
ホストが、女性客を連れているかのようにブルーは
ジョミーの腰を抱いたままホテルに入る。
警備が幾人も居たが、ブルーが軽く手を振って合図すると
ブルーに礼をとるだけで、つれているジョミーに対しても何も言わない。
「ブルーって、もしかしなくても・・・偉い人?」
「まあ、シャングリラの中ではそうかもね。
ここのホストは従業員よりも一応立場が上になっているんだ」
「成程・・・」
ホストクラブのおかげで出来たホテルだ。
そういうこともあるのかもしれないと、ジョミーは納得した。
しかもブルーはおそらくかなり人気があるだろうから
ホストの中でも偉い方なのだろうと思うと、
先ほどの警備員の態度も得心がいく。疑問は一つ解消したが、疑問などより
現実的な問題がジョミーの目の前には転がっていた。
足を踏み入れれば踏み入れるほど実感してしまう
シャングリラという場所。
裏口とはいえ高級ホテル。
どんなときにどんなところで客に見られようとも対応できるように
通用路ですらホテル内と変わらないのではないかというほど
綺麗に飾り付けられ、掃除が行き届いている。
ジョミーは居た堪れなくなって、身体を硬くしたまま
ブルーに導かれるままに歩みを進めた。
そして少し大きめのエレベーターに乗せられた。
「これは最上階まで一直線だからすぐに着くよ」
笑顔で言うブルーだがジョミーには死刑宣告に聞こえた。
「もうすでに準備を始めているだろうから店長にあわせてあげよう」
「い、いきなりですか!?」
驚いて見上げると、ブルーは苦笑した。
「大丈夫、ハーレイは硬いところはあるが基本的に善良で優しい男だ」
「や、そうじゃなくて・・・」
そういう問題じゃない!と叫びたくなるジョミーに
ブルーは突然まじめな顔になる。
「とりあえず君を雇うためには
正式契約書に店長のサインも必要になる。
最初からホストではないにしても、
正式契約書がないとマザーへの対抗が難しい」
「そうじゃなくて!よく考えたらその店長に認めてもらえるか分からないし」
「いや、それは大丈夫だよ。
言っただろう、ハーレイは良い男だ。
事情を説明すればそれなりに理解してくれるし
雇用に関して言うなら、成人検査を通過しているのだから問題ない。
君は容姿的には十分な素質を持っているし・・・」
それなりに、というのがジョミーには微妙に引っかかったが
そんなことは今は問題ではない。
「もし百歩譲って店長に認めてもらえたとしてもだよ!?」
「うん?」
「この店の支配人ってソル・・・」
言いかけたところで、エレベーターの扉が開く。
煌びやかな世界がジョミーの視界に飛び込んできた。
その美しさは一瞬目を見張るほどだ。
ジョミーは言葉を失った。
幾千の星の花畑にいるような錯覚を覚えてしまう。
『あ、お帰りなさいソルジャー』
ボーっとしているジョミーに、そんな声が聞こえた。
「ああ、ただいま。
少し遅くなってしまったね。すまない」
ソルジャーと呼ぶ声に返事をしたのは、
聞きなれてしまった、というほどでもないが
今日一番たくさん聞いた声。
『いえ、まだ開店まで時間がありますから』
ジョミーの目の前で繰り広げられる会話。
ジョミーはゆるゆると指を持ち上げ、ブルーを指し示す。
「・・・そ・・・・る・・・・・」
ぱくぱくと口を震わせながら搾り出した声にブルーが反応する。
「ああ、ぼくの源氏名だよ」
何度見ても笑顔のブルーはジョミーに説明する。
そこで漸くジョミーの存在を認識した青年が尋ねてくる。
『ソルジャー、こちらは?』
苦笑しているのは、ジョミーは固まりきって、
何の反応も示せないでいるせいだろう。
ブルーは放心してしまっているジョミーの腰に回していた手を
肩まで上げて、より強く抱き寄せる。
そして笑顔で言ってのけた。
「ぼくのジョミーだ」
コメント***というなの言い訳。
ジョミーは場違いのような気がして仕方ないところに
連れてこられて後悔中(笑)
しかもソルジャー=ブルーだと知って大混乱。
そんなジョミーの心中を全く気にせず
言った。
いってやった。
この男は言ったよ!
「ぼくのジョミー」
ハーレイだったら卒倒しかねない。
お気づきかとは思いますが青年はリオです。
次回ちゃんと自己紹介いたしますよ。