「いいところ」
ジョミーは呟いた。
ブルーに連れてこられた公園。
其処の水道で一気に水をのみ、落ち着いてからの第一声だった。
チルドレン(成人前の子供たちの総称)のころ
よくサッカーの練習をした公園に似ている。
「気に入ったかい?」
声をかけられて、はっと現状を思いだした。
「あ、はい。
あの、助けてくれてありがとうございます」
「ぼくが勝手にしたことだ、気にしなくていい」
言いながら軽く手招きをする。
「良い場所があるんだ。此方にきてごらん」
促されるままにジョミーはブルーに続いて足を踏みだした。
「わあ・・・・」
周囲を木に囲まれた一角。
薄い芝に木漏れ日がキラキラと落ちてくる。
確かに『良い場所』だ。
「ここはぼくのお気に入りの昼寝スポットでね」
言いながら馴れた様子で木の根本に腰を下ろした。
ジョミーもそれにならって腰を下ろす。
そんなジョミーの頭をブルーは軽く撫でる。
「疲れているのだろう?少し横になると良い」
「え、でも・・・」
「言っただろう。ここは昼寝スポットだと」
「・・・・はあ・・でも・・・」
一人で寝転がるのに抵抗があるのか、ジョミーは渋る。
するとブルーが先に横になった。
「じゃあ一緒に昼寝しようか」
「でも・・」
「ここからみえる空はとても綺麗なんだよ」
と、ブルーは空を指さす。
それに惹かれたのかジョミーも横になって空を見てみた。
木漏れ日を落とす葉の間からみえる空は、
木々の色と見事なコントラストを描いて確かに美しい。
「ここで聞こえるのは風の音とそれに鳴らされる草木の音。
可愛らしい鳥の声だけなんだ」
言われてジョミーは耳を澄ませた。
確かに、喧騒も機械の音も何も聞こえない。
だが風に揺れる草の根が聞こえる。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
本当に、静かすぎることなく静かな場所だった。
ジョミーはその静かさの中で目を閉じた。
見えなくなったが、木漏れ日は不定期にジョミーの瞼を掠め
土の匂いと風の音が心地よくジョミーに染み渡る。
(ああ・・・・)
「あれ」
目を開けると、青かった空が少しオレンジがかって見える。
「目が覚めたかい?」
声のするほうを見るとそこにはブルーが寝ていたときと変わらない場所で
上体を起こして座っていた。
「寝て、ました?」
「うん」
正直に頷かれてジョミーは慌てて起き上がる。
と、膝に重みを感じてそちらに視線を向けた。
ブルーが着ていた上着だ。
起き上がって膝に落ちたということは
恐らく自分に掛けられていたのだろうとジョミーは理解する。
それにしても触ってわかる。
恐ろしく良い生地でできた上着だった。
かなりお高い代物だろう。
それを土に付けてしまったことに気付き、血の気が引くような気がした。
「ありがとうございました」
慌てて軽くはたいてブルーに押し付けるように返品する。
「いや、構わないよ。ぼくが勝手にやったことだ」
それにぼくはこれで一度寝ころんだんだよ?
と、付け加えた。
「さて、そろそろ帰ろうか」
ブルーが言いながら立ち上がる。
ジョミーは、立ち上がれなかった。
「ジョミー?」
ブルーは俯いてしまったジョミーに合わせるようにもう一度膝を降ろす。
「帰・・・る・・?」
ジョミーが疑問のような響きで呟きを漏らす。
「そう、帰らないと」
「帰る、場所・・・?」
「道がわからないなら、送っていくよ?」
だがブルーの言葉にジョミーは反応を示さない。
何かを深く考えているようだった。
オレンジ色の空が赤くなり初めたころ、漸くジョミーは顔をあげた。
「あそこに・・・・・」
悲しそうな、何かを諦めたような顔でジョミーは呟いた。
「ジョミー?」
「マザーが経営するホストクラブへ・・・」
「ホストクラブ!!?」
ジョミーの呟きにブルーは驚きを隠せなかった。
「君が、ホストだって!?」
余りに驚くので、少しジョミーはむっときた。
「そりゃ似合わないけど・・・・」
「あ、失礼。そう言う意味ではないんだ」
失言に気付き、ブルーは慌てて訂正する。
「ぼくは、君はプロのサッカーチームにでも入るのかと・・・」
「そりゃ、ぼくだって本当はそうしたかったよ!
どこもとってくれなかったんだから仕方がないだろ!!」
「何処も採らないだって!?」
今度こそ、本気でブルーは驚いた。
「そうだよ、チルドレンの頃あれだけ審判に突っ掛かっているような
素行不良者は駄目だって事だよ!」
「そんなはずはないだろう!
君ほどの選手なら多少性格に難があろうとも何処だろうと欲しがるはずだ。
そもそも、君は正しい判定には素直に従うじゃないか!」
ブルーは怒るように否定する。
「そんな筈もどんな筈もないよ!
何処も採ってくれなかったって事実があるんだから!!
他の会社だって、粗暴者って扱いで採ってくれなくて
漸く見つかった就職先がマザーが新しくつくるホストクラブだったんだ」
ブルーの言葉は嬉しい。
だが事実は事実なのだ。
ジョミーは叫び返していた。
見返すと、ブルーは真面目な表情で訊ねてきた。
「其処以外、どこも君を?」
「そうだよ!」
その答えにブルーは苦々しい顔になる。
ジョミーはチルドレンの頃一番強いチームのFWを努めていた。
それをプロのチームが多少の性格問題で採用を拒んだりするはずが無い。
(マザーめ、裏で手を回したな)
容姿はまず問題無い。
知名度も、チルドレンの中ではかなりあるほうだ。
ホストクラブにはいい素材だろう。
歓楽街で常に1位に付いているクラブの経営者なら、当然政財界にも明るい。
そのコネを利用しておそらく何処もジョミーを採用しないように
手を回したのだろう。
球団などスポンサーがなくては成り立たない。
マザーを敵に回せばそのスポンサーを敵に回すことになりかねない。
有望な選手と、運営資金の打ちきり。
どちらが優先かと言われれば後者だろう。
「じゃあ、君を追っていた連中は・・・・」
「マザーも、ホストが喧嘩っ早いんじゃ問題だと思ったらしくて
喧嘩をしないように脳に刺激を送るって」
「採用しておきながらそれか!」
「まだ内定だけどね」
「気に入らなかったら切り捨てるということか・・・」
ブルーは本気で苛立った。
ジョミーの将来の可能性を全て潰して、
ジョミーの性格が気に入らないから書き換える。
さらにそれで使えないようなら切り捨てる。
全てを奪って退路を断ちながら要不要を選り分ける。
自分の役に立たない人材の行く先など気にも留めない。
経営者としてはある程度の冷酷さも持ちあわせてないといけないが
それにしたって余りに余りだ。
「内定だと言ったね」
「うん」
「ということはジョミーの方から解除することも可能だよね?」
「・・・でも、他に行くところがないから・・・」
脳を弄られるのは嫌だけど
無職になってしまったことが両親に伝わったらきっと悲しむから。
また俯きそうになるジョミーの肩にブルーは手を置いた。
反射的にジョミーはブルーを見上げる。
そこには少し躊躇うようなブルーの顔があった。
そして形良い唇が一瞬躊躇うように揺れた後、言葉を発する。
「ジョミー、君さえよければ・・だけど・・・・」
「?」
「ぼくのところに来るか?」
「ブルーの?」
「そう、こう見えてもぼくはホストでね」
「わかります」
ジョミーは即答した。
こう見えても、もなにも、この都市で昼間に公園で寝ている美形男性など
ホストくらいだ。
異様に高そうな服を平然と着るのも。
即座に返されてブルーは少し思考が鈍ったようだ。
一瞬間を置いて、再び話初める。
「・・わかるか・・・ええと、で、
君がもしホストになることには抵抗が無くて
マザーのところに行くのが嫌だと言うのなら
・・・ぼくのところに来るかい?
最初は勿論下働きからだけど・・・・」
ブルーの言葉にジョミーの目がみるみる大きく開かれていく。
「いっても、いいの?」
「君がサッカー選手じゃなくてホストでも良いというなら、ね。
でも良く考えて決めるんだよ。
本契約を結んでしまえば制度上、解約は難しいのだから」
経営者や労働者から不当な解雇や退職を求められないように
システム管理されている都市では、契約を解除するためには
両者の承認と更に政府への手続きが必要になる。
だが、ジョミーはあっさりとも思えるほどすぐに首を縦に振った。
「いく」
「いいんだね」
ブルーはもう一度確認する。
ジョミーははっきりと頷いた。
「貴方のところにいく」
コメント***というなの言い訳。
書いていて楽しかったのは昼寝のシーン。
こういう風景描写は大好きです。
そして!
ようやくブルーに「ぼくのところに来るかい」と言わせられました。
ブルーもジョミーのファンだったら行き先くらい知っていてもよさそうなもんですが
自分ならすぐにジョミーを見つけられる!とか考えながら
まだ『大人』になったばかりで表舞台に出てきていないのだろう
位に思っていたんだと思います。
ストーカーはしなかったんですよ、きっと。
この人はこの人で忙しいですから。
後1話か2話で開店準備編が終わります。