瓦礫の中、一つの人影が歩いていた。
何かを探すように、ゆっくりと。
薄暗い中で浮き上がるような人影。
その髪が
耳元の白い補聴器が
白いブーツが
その身を覆うマントが
僅かでも音を立てることはない。
静寂の空間で浮かび上がりながら
その静寂を決して壊すことはない。
思念体、だった。
なおも歩き続ける。
ゆっくりと、規則正しく。
瓦礫を避けることなく真っ直ぐに。
ふと、歩調が変わった。
少し躊躇った後、また僅かに進む。
「みつけた」
初めて、声をあげた。
それすらも、現実には作用しないものだが。
「また、寝てるんですね」
自分から数歩も離れていない距離にある人影に声を掛ける。
「またこのパターンですか。
もう、10年以上も寝ている貴方に話しかけて
流石に飽きちゃいましたよ」
肩を竦める。
「ちゃんと寝ていないといけないお年寄りの癖に
無茶ばっかりするんだから・・・」
仕方ないな、と微笑む。
「ソルジャーのぼくに従うと言いながら
最後まで言いたいことを言って、やりたいようにして
本当に貴方は出会った頃から身勝手だ」
少しだけ、顔が歪む。
相手からの、返事は・・・ない。
それでも、続ける。
「ナスカのミュウ達は、殆ど逃げられましたよ
救えなかった者達も・・・いましたが
それでも、・・沢山のミュウ達が助かりました」
少し辛そうに言った後、少し歩みをすすめ、
手の届く位置に膝を下ろす。
「だから、もうこんな痛そうな涙は必要ない。
赤まで外に流してしまったら
髪だけじゃなく、目まで白くなってしまいますよ?」
自らの手では触れることが出来ないので
その場にあった・・・おそらくマントの切れ端を使ってその顔を拭う。
張り付いて渇いていた血の涙が、綺麗に拭われた。
白く、美しい顔から痛々しさが消えた。
己の耳元に手を当てる。
「この補聴器は、フィシスがぼくにくれました。
貴方の記憶と思い。
それを確かに引き継ぐために、ぼくは受け取りました」
やはり相手からの返事はない。
「これでいいのか、なんてことは問いません」
それは必要のないことだから。
彼は誰よりも真っ直ぐに生きられたはずだから。
「ぼくは貴方にどうしても一言言いたくてここにきました」
ミュウの長として。
そして、ただのジョミーとして。
ミュウの長として、貴方に伝えよう。
貴方の意思を引き継いで見せよう。
沢山のミュウを救ってくれて
「ありがとう」
そして
ジョミー・マーキス・シンとして伝えよう。
『 』
言葉に出来ない想い。
そっと、唇を重ね合わせた。
決して現実に触れ合うことがないそれに
全てを込めて。
「さよならは、いいません」
貴方の心はぼくの中に確かにあるから。
だから
「お休みなさい」