波の音。
「うわあ、海だあ」
海に来たんだから、当然なのだが思わずそんな声が出てしまった。
「こっちだよ」
そういうとブルーはすたすたと歩いていってしまう。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
慌ててジョミーは追いかける。
平日のこんな時間に学生服姿で、一人取り残されるのはごめんだ。
赤信号みんなで渡れば怖くない、というわけではないが
一人でルールを犯すのは正直気が引ける。
自分も正しいと思う規則はなら尚更だ。
一際高い堤防の上に立った。
「へえ」
ジョミーが感嘆の意を漏らす。
「良い場所だろう?」
その様子にブルーはうれしそうに微笑んだ。
「うん、こんなに近くで海が見られるなんて・・・」
海は恐ろしい程高い堤防に囲まれている。
浜には、立ち入ることが許されていない。
遠い高台から眺めるか、航空機で空から見るかしか
海を直接見る方法はない。
「こんなに、綺麗なのに・・・」
悲しげに呟かれた、言葉。
浜に立ち入ることを許されていない理由。
それは、海が猛毒だからだ。
平穏に見える世界。
だが、過去に人が犯した過ちは未だに地球に深い爪痕を残している。
人間は一度、完全に地球から生活圏を移民惑星に移して
浄化作業に当たってきたが、
地球への考え方の違いから、大きな戦争が起こり、
結局、地球に生物がいたほうが良いと判断されたのか
地球に還ってきた。
移民惑星は今もちゃんと存在していて交流もある。
だが、基本的に旅行などで出る以外、結局自分の住む惑星に居着くものだ。
そんな中で、地球に生まれてよかったとジョミーは思っている。
地球に、何かすることができるから。
自分の力が役に立てるかもしれないから。
「地球を浄化するんだ」
木々を植え育て、大地と海を浄化する。
少なくとも先人達はその方法で、地球の空気を浄化したのだ。
草1本育つのが難しい大地に、
それでも根気よく植物を植え続けてくれた人たちがいたから
いまのこのきれいな大気がある。
人が住めるほどに。
だからその方法は続ける。
もちろん、他の方法も試す。
ずっとずっと幼いころから決めていたこと。
きれいな地球を――――と。
ジョミーの肩に、そっと手が置かれる。
「目標をもつのはよいことだけど、あまり気負いすぎてはいけないよ」
心配そうなブルー。
本当に心配してくれているのだとは、ジョミーだってわかっている。
わかっているが受け入れがたかった。
その言葉に、子供扱いされたような気がしたから。
一気に苛立ちが募る。
「気負ってなんかいない!!
触らないでって何度も言ってるだろ!!」
パシリと音を立ててブルーの手を払いのけながら
逃れるように身を引いた。
「ジョミー!ここは!!」
この場所で、それはまずかった。
足が滑った。
いうなればそれだけのこと。
だが、大体滑った後には落ちるか転ぶという展開が待っていて
例外なく、足場を失った体は海へ向かって落下した。
飛べる、のだが
突然そんなことになって、そこまでうまく頭が回らないのも世の常。
「うわあああああああ!!!」
情けないことにそのまま海へ一直線。
だが、海に潜るより前に受け止められた。
ふわりと宙に浮く感覚。
引かれる腕。
肩に置かれた手。
「ジョミー」
自分を呼ぶ、声。
そして下は青い・・・。
(また、だ・・・)
何かが重なる。
「はな・・して・・」
搾り出されたようなジョミーの声。
「しかし」
ブルーは当然ためらう。
せめてジョミーがサイオンを発動させてからでなければ
放した瞬間に、また落ちてしまう。
それも思念波で身をガードできる状況ならともかく
生身で落ちれば、ただではすまない。
「放して欲しいなら、とりあえず飛んで・・」
しかしその言葉が終わるより先に、
開放されないことにジョミーは暴れだした。
「いやだ!放せ!!
ぼくに触れるな!!」
「ジョミー、落ち着け。
そんなに暴れたらまた落ちてしまう」
必死に暴れるジョミーが離れないように、
ブルーはジョミーの肩に乗せた手に力を入れた。
だが、それは逆効果で。
さらにジョミーは暴れ始める。
「ジョミ・・・・落ち、着け・・」
「嫌だ嫌だ嫌だ!!
触れないで!かかわらないで!!
ぼくを助けないで!!」
叫ばれた言葉。
そこに込められた意味。
「ジョミー!」
宥めるように、諭す。
「ぼくは、大丈夫だ。
まだ若いし、体力だってある。
きみ一人抱えたくらいで、どうにかなったりしない」
まだ若いのだ。
前世とは違う。
「嘘だ!
あなたは誰かの為に簡単に自分を犠牲にするんだ!」
自分は違うのに、大丈夫なのに、なおも暴れ続けるジョミー。
「この!」
ブルーはジョミーの手を掴むと、もう一方を腰に手を回し、
一気に引き寄せる。
「勝手に決め付けるな!」
ブルーの怒りを含んだ叫びに、ジョミーはびくりとする。
こんな風に、接されたことはなかった。
「あ・・・」
勢いで口を開いてしまったが、言葉が続かない。
唇の形をそのままで止めてしまうジョミー。
「ぼくがそんなことをしたことがあったか?
まだあって数日なのに、きみはいったい
ぼくの何を知っていると言うんだ?」
自分でも驚くほど冷たい声で、ブルーは叫んでいた。
こんな言葉、言いたくなかった。
けれども、どうしようもなく腹が立ったのだ。
ジョミーの拒絶が、ブルーを思ってのことは判っている。
だが。
(きみが言っているのは全部、
”ぼく”じゃなくて”ソルジャー・ブルー”じゃないか!)
ジョミーはブルーのことをまだほとんど知らない。
近づくことさえ許してくれない。
それなのに口を開けば、過去の自分。
大人気ないとわかっている。
下らないともおもっている。
ここまで縛っているのはほかならぬ自分自身。
それでも。
ブルーはジョミーを抱く腕にさらに力を込めて引き寄せると
言葉を止めたために薄く開いている唇を
自分のそれと重ねて、塞いだ。
コメント***
自分に嫉妬〜(笑)
イメージはアタラクシア上空での二人でランデブー(死語)です。