ジョミーが、泣いていた。
静かに涙を零すさまは悲しげで、美しい。
その涙は、遠い日のアタラクシアの宙で見たものと酷似していた。
悲しいとか辛いとか、そういった感情を凌駕した
ただ切ない想いの涙。
「ど、どうしたんだジョミー!」
慌ててブルーが駆け寄る。
肩を掴むと、震えるジョミーの唇が音を紡ぐ。


「太陽だけあっても、命は生まれない。
 ぼく一人はなんて無力なんでしょう」



涙を零しながら呟かれた一言。
「ジョミー!?」
「あ・・・」
強く呼ばれてジョミーの視界が焦点を結ぶ。
涙が止まる。
「大丈夫か?」
「・・ブルー?」
ぼんやりと名前を呼ぶ。
「そうだ」
ブルーは頷いた。
「大丈夫か?
 辛いなら保健室に・・・」
ブルーの声を聞いているうちにジョミーが夢から現実に戻ってくる。
「だ!大丈夫!!
 というか、どうしてブルーが此処に!!?」
慌ててブルーから離れながら問い掛ける。
「きみが逃げたから・・・」
その言葉にジョミーは脱力してしまう。
「逃げたら放っておいて下さいよ」
「そんなことしたら逃げられたぼくにショックが残るじゃないか」
きっぱりと言い切るブルー。
「あ・・・そう・・・」
ジョミーは更に力が抜けるのを余儀なくされた。
「そんなことより、やっぱり逃げたんだね・・・」
寂しげに呟かれたブルーの言葉。
「あ・・・」
しまった、と思ってももう遅い。
「きみは出会ったときから逃げてばかりだ。
 そろそろ理由を教えてくれても良くはないか?
 ぼくはきみに逃げられるような何かをしただろうか」
真面目な顔でそう問われれば、逃げ出すことは出来ない。
ジョミーは俯く。
どう答えていいのか分らない。
理由など、無いから。
「ごめん・・・・なさい。
 貴方は悪くないんだ」
搾り出すように囁いたジョミー。
暫く無言でブルーはジョミーを見つめていた。




唐突に、ブルーがジョミーの手首を掴んだ。
「謝らなくて良い。
 代わりに少しつきあってくれ」
「え?」
「まずはその涙で濡れた顔を洗おう」
手首を掴んだまま立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
 授業が!」
引っ張られるように歩かされたジョミーは慌てて立ち止まる。
抵抗に、足を止めて振り返ったブルーが一言。
「サボる」
「はあ?
 何を勝手に!
 ぼくはそんなこと了承してないぞ!」
「花壇の角で身を丸めて泣いていたとばらされたいか?」
脅しのような一言。
ではなく、間違いなく脅しだ。
どうしようと思う。
いくら理由もなく逃げて申し訳ないとしても、
こんな脅しの言いなりになるのも癪だ。
「何処へ行くつもりだよ」
「海」
行きたくないような場所だったら、断るつもりだった。
行きたくない場所だったら。







「どうして、海?」
電車の中で隣に座るブルーに訊ねる。
通勤通学時間から外れたためか、かなり空いた車内。
「人間は、落ち込んだとき海に帰りたくなるそうだ」
「ぼくは落ち込んで何か・・・」
さっき泣いていたことだろかと、真っ赤になって否定しようとすると
涼しい一言が返ってきた。
「きみに逃げられたぼくが落ち込んでいるんだ」
「あ・・・そうですか」
またしてもガクッとしてしまった。
何故だかしらないが、この人のペースには着いて行き辛いのに
逆らったり拒んだりすることも出来ない。



空いている車内は静かだ。
電車が揺れる音だけが響く。
ちらりとジョミーは隣に座るブルーを見る。
ブルーは眠っているように目を閉じて俯いていた。
閉じられた目元に長い睫毛が影を落とす。
ふわりとした金髪が頬をくすぐっている。
とても綺麗な人。
だが。
(電車に似合わないひとだなあ)
「それは悪かったね」
考えたことに答えが返ってきた。
読まれてしまったと気付いてジョミーが怒る。
「勝手に読むな!」
「聞こえたんだ。
 相変わらずきみの思念は強い」
「相変わらず?」
問うたところで、電車が止まる。
「降りるよ、ジョミー」
「あ、はい」
慌ててブルーのあとについて電車を飛び降りた。

 













コメント***

ブルーが普通に電車に乗るのって
何だか物凄く似合わない!とか思ってしまいました。
変に目立ちそうです。
アルビノじゃないだけ多少はマシでしょうが・・・。
あれですよ、本文中に何度か出していますが
ブルーは成人検査前のブルーの色彩をしていますよ。
淡い金髪に青い瞳です。