生まれる・・・
少年はベッドの上で目を覚ました。
「なんだろう、目が冴えて眠れない」
そう呟くと少年はカーテンを開けて空を見上げた。
まだ夜明け前。
いつもなら目を覚ましても再び夢の中へ戻っていく時間だ。
だが、何故だか今日はその気が起きない。
深夜より僅かに蒼が、青に変わった空。
蒼い色は宇宙の色で
青い色は地球の色なのだと教えらえていた。
ふと、控えめに少年の部屋のドアがノックされた。
続いて静かにドアが開く。
「ブルー、起きてますか?」
「起きているよ、アルフレート」
ドアの向こう側から姿をみせた少年にブルーは声を返す。
起こさなくても起きていたことに安心した少年は
早朝の訪問理由を述べた。
「ミーシャ様が、呼んでいます」
「こんな時間に?」
「はい、どうしても伝えたいことがあるとか」
逡巡した後、ブルーは頷く。
「・・・・わかった。すぐに行こう」
そして夜着のまま部屋を出た。
ミーシャの待つ部屋へ行くと、彼女はタロットを広げていた。
「ブルー、待っていましたよ」
「アルフレートに起こされましたよ」
「そう?貴方は起きていたのではないかしら?」
ブルーの言葉に、ミーシャは口元を綻ばせた。
「どうしてわかるんですか?」
本当のことを言い当てられて、少しムッとしたようにブルーが訊ねる。
「貴方なら、感じていると思ったからですよ、『ブルー』」
ブルー、と言う名前は少年の祖父の名前だった。
ミーシャとともに再生した地球に帰ってきた最初の人類。
そして、他に地球へ帰ってきたもの達とこの集落を築いた人だ。
地球を凄く大事にしていた人だと聞いている。
そんな彼が亡くなった、丁度十月十日後に生まれたのが
少年、『ブルー』だった。
ミーシャは僅かながらも《視る》力と《過去の記憶》を持っている、
不思議な人だ。
その彼女が、『ブルー』は『ブルー』だと言ったのだという。
祖父は《過去の記憶》を持つ人であったが少年にはその記憶が無いので
今一実感が湧かない。
どうして自分は《過去の記憶》が無いのかと訊ねたときには
もう必要がないからだと言われた。
そして何故ブルーだとわかったのかというのは聞くまでもなく
《視る》人だからだろう。
何処か腑に落ちないものは感じていたが、ブルーと呼ばれることに抵抗はないし
この地球を表す色の名は気に入っているので特に文句を言うこともなかった。
「何を感じているというんですか?」
「光の誕生を」
「光?」
「そう、貴方の求めた光の」
ミーシャの言葉は予言めいていて、何処か抽象的だ。
どうにかそれを具体化できないかとブルーは考えを巡らせた。
「誕生というと、ハーレイのところの、リオの弟か妹のことですか?」
リオの母親は今産屋に入っているという。
新しい命の誕生をブルーも楽しみにはしていた。
だが、ブルーよりも心待ちにしているもの達が居るはずだ。
それなのに、ミーシャが《言葉》を贈ったのはブルー。
「ハーレイやリオじゃなくて、どうしてぼくなんですか?」
「それはブルー、貴方が一番わかっているはずですよ」
子供や自分と血を同じくする家族が生まれるのはとても嬉しいものだ。
それなのに、彼らではなくミーシャはブルーを呼んだ。
光りが生まれる、と。
「わかりません」
ブルーは正直に答えた。
するとミーシャは微笑んで手を持ち上げる。
「すぐにわかりますよ、行ってごらんなさい」
その指先の示す先には産屋があった。
外に出ると、空が白み初めていた。
「もう朝か」
呟いて太陽が昇ろうとする空を見て足を止めた。
ゆっくりと、しかし急速に明るくなって行く空。
もうじき太陽が昇る。
そして光が上る瞬間、空を染める光彩の中の緑が一瞬だけ大きく拡がり、
次いで眩いほどの金色が射し込んだ。
夜が・・・明けた。
と同時に、産屋から産声が聞こえた。
ブルーは、何故だか知らないが《呼ばれた》と思った。
慌てて走り出す。
産屋に飛び込んでみたものは、先程の夜明けのような眩い金色。
そして、一瞬だけ記憶に焼き付けるように拡がった緑と同じ色の瞳。
突然現れたブルーに驚いているハーレイから
決して優しいとは言い難い動作で赤子を引き取り、ぎゅっと抱きしめる。
だが、赤ん坊は泣き叫ぶことなくきゃきゃっ、とブルーに笑顔を見せた。
その赤ん坊の笑みにつられるようにブルーも笑顔を向け、
「ジョミー!」
まだ名付けられてもいない筈の、金色の子供の名前を呼んだ。
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