「どうしてはぐらかすんだ!?」
翌日、約束通りジョミーは花畑で待っていた。
だが、二人と楽しそうに会話をしたり、
ミーシャに花輪の作り方を教えたりして楽しそうにしていたが
決してその場を動こうとはしなかった。
そのことにブルーは苛立ちを覚えた。
『それは・・・』
ブルーの叫びに、ジョミーは言葉が選べなかった。
正しいことを指摘されたからだ。
ジョミーは二人を、連れていきたくはなかった。
自分の、身体の眠る場所へは。
何故なら・・・。
『・・・・・』
この言葉も言いたくなかったけれど、
これ以上はぐらかすのも許して貰えないだろうと
ジョミーは諦めて、理由を述べた。
『みたら、きみ達がぼくの死を実感してしまうから・・・』
ミーシャは何も言わなかった。
昨日からわかっていたことだ。
だが、ブルーは身体をビクリと震わせながらも言葉を続ける。
「言ったはずだ!死を受け止める覚悟くらいあると!」
睨み付けてくるブルーから目を逸らし、ジョミーは問う。
『きみ達は思念波は使える?』
「テレパシー程度ならつかえるわ」
その質問にはミーシャが答えた。
『そうか、じゃあやはり無理だよ』
「何故?」
問う言葉はブルーのもの。
決して偽りを許さない強さが含まれていた。
『場所が離れている。
それに、かなり地中深い場所になるから』
だがその言葉にもブルーは譲らない。
「連絡艇が有る。
小型だから小回りも利く」
意地でも行こうとするブルーが、ジョミーは不思議になった。
『どうして、そんなに拘るの?』
「どうしてだろう」
そんなことはブルーにもわからない。
ただ、ジョミーの声を初めて聞いたときに"会わなければならない"と
思ったのと同じように、心が"体に会いに行かなければならない"と
警鐘を鳴らし続けているのだ。
暫く、二人は見つめあっていた。
負けたのは、ジョミーだった。
とある小高い丘の上に降りた。
そこにはまた花々が咲き誇っていた。
そしてその中心に・・・。
「このお墓は・・・」
花の供えられた、墓。
そこに刻まれた、名前。
ミーシャの声にジョミーが頷く。
『うん、キース・アニアンのものだ。
彼が、最終的に人々を機械仕掛けの檻から解放してくれた』
ブルーも近づいて墓を見る。
光差す場所に、花に囲まれた墓。
「その時彼も?」
花畑にあるにも関わらずに、その墓には新しい花が供えられていた。
ジョミーが供えたものだろう。
『そうだよ。ぼくが殺した』
「きみが?」
それにしては、随分と親しみを感じる。
少なくとも生死のやり取りを行った相手とは思えない。
これほどに暖かな場所に作られ、花を供える墓の主を殺したなどと。
だがジョミーは微妙な笑みで頷いた。
『彼が初めて自分で口にした彼自身の・・・
最初で最後の願いだったから』
その墓から少し離れた、光の届かない谷底。
先程の花畑とは掛け離れた場所。
『少し険しいから気をつけてね』
ジョミーの言葉に、連絡艇を降りた二人は頷いた。
岩の裂け目を縫うように進んでいった。
「きゃっ」
「危ない」
足を滑らせたミーシャを慌ててブルーが支える。
『あ・・・』
「今更やっぱりやめようとは言うなよ?」
心配げなジョミーが何かを言うより先にブルーは睨むように告げた。
『・・・・わかった』
呟いてジョミーは再び歩みを進める。
ふと、空気がより冷えたことにブルーは気付いた。
ひやりとした空気に目を向ければそこには
子供一人が、ようやく通れそうな岩の裂け目。
ブルーは引かれるようにその割れ目に身体を滑り込ませた。
その先に見たものは・・・。
「ジョミー・・・」
氷に閉じ込められた、その身体。
間違いない。
ブルーの・・・"ソルジャー・ブルーの記憶"にある
ジョミーそのものだった。
静かに眠るその身体には痛々しい銃痕がある。
これほどの傷を負いながら、それでも彼は戦った。
「マザーに?」
『キースに』
ブルーの質問に、ジョミーはやはり微妙な笑みで答えた。
『ぼくを殺すことで、キースはやっと自由になれた。
マザーの支配から・・・コンピューターの支配から・・・』
それがあったから、今の地球がある。
決してキースを責めはしないジョミー。
恨みなど無いことは墓を見た時点でわかっていた。
ブルーはそれ以上は何も言わなかった。
ジョミーの身体に近づくと、ブルーでは見上げるしかない彼をじっと見上げた。
「ずっと、この身体はこの冷たい棺で眠っているんだね」
『・・・・・』
感情の見えないブルーの言葉に、ジョミーは無言で答える。
「こんなに冷たい場所で、ひとりで・・・・」
呟きとともにブルーの身体からエネルギーが生じた。
『ブルー?』
驚いて呼びかけるジョミーの声を無視して
ブルーはサイオンを放出させ、氷の棺に向かって放った。
「ブルー何を!!?」
その行為に、ジョミーではなくミーシャが慌てて近づこうとするが、
強いエネルギーに阻まれて出来ない。
「この氷の檻を壊す」
「そんなことしたらジョミーの体が・・・」
「だからだ!」
ミーシャの言葉にブルーは叫んだ。
「思い出せるのが楽しいことだけだと?
嬉しいことだけだと!?」
悲痛の叫び。
「300年、たった独りでありつづけて、
そんなわけが無いだろう!?
楽しいことが一番表に来るのはわかる。
だが、ぼく達に再会して笑顔ばかりになるくらいの、
辛いことや苦しいことが分からなくなってしまうほどの、
その表情すらも笑みでしか表現できなくなるほどの
苦しさや孤独を背負ってきたんだ」
それはどれほどのものだろう。
仲間とともにいた”ソルジャー・ブルー”にだって見当もつかない。
「もう、ジョミーは自由にならなきゃいけない」
叫びとともに力を爆発させた。
それは天地を突き抜けるように走り抜け、崖を切り崩す。
ミーシャとブルーにシールド越しに爆風が吹きつけるが、
二人は立ったままその光景を見続けた。
光が、届くことの無かった氷室に射し込む。
その光を受けたためか、あるいはブルーの力を受けたためか
ピシッと音を立てて氷に亀裂が生じた。
一つ出来れば次々に亀裂が入る。
ミーシャは気付く。
"ブルー"はこれほどの力を持っていなかったはずだと。
だが、目の前のブルーは感情的ではあるが、
決して感情に流されて力を行使しているわけではない。
(ああ、あなたはジョミーを解放するためにここまで来たのね)
ジョミーを捕らえていた氷が、
完全に―――――砕けた。
氷から解き放たれたジョミーは
ゆっくりと倒れながら、まるで止めていた時を
急速に取り戻すように光の中で、その身体を風化させ初めた。
それに伴うかのように、思念体も淡い光を発しながらぼやけ初めた。
最初は驚いた表情をしたが、やはりジョミーは微笑んだ。
『ああ・・・』
自分の状況にひどく納得がいったように頷いた。
そして二人に近づく。
まず、ミーシャに。
『本当に、会えて嬉しかった』
「ジョミー」
『本当に、本当に嬉しかったんだ。
ありがとう』
涙を流すミーシャを、触れられない手で優しく撫でる。
次にブルー。
『ぼくを解放してくれて、ありがとう』
言いながらブルーに手を伸ばすと
その手を引かれて、抱きしめられた。
驚くジョミーを抱きしめる優しい思念。
『待たせて、すまなかった』
それは、ブルーの言葉ではなかった。
思念体の”ソルジャー・ブルー”がジョミーを抱きしめていた。
『あ・・・ブルー?』
震える手でジョミーはブルーを恐る恐る抱きしめた。
確かに、抱きしめることができた。
『ブルー!ソルジャー・ブルー!!』
強く強く抱きしめながらジョミーは泣き叫び、”ソルジャー・ブルー”を呼ぶ。
初めて・・・ブルーとミーシャが初めて見る、
ジョミーの、子供のような泣き顔だった。
「ぼくの中の”ソルジャー・ブルー”が消えたよ」
二人が光りとともに消えた暫く後に、ブルーが呟いた。
「記憶が?」
「記憶はある」
消えたのは、『想い』。
「ジョミーと、一緒にいってしまったのね」
そう、ミーシャは気付いていた。
ジョミーを氷の檻から解き放ったのは”ソルジャー・ブルー”の力。
その為だけに、きっと彼は記憶を持ったまま生まれ変わったのだろう。
そして、自分も・・・ジョミーに会うために。
ミュウの女神と呼ばれたフィシスが、”ソルジャー・ブルー”を導くために。
「うん、多分」
頷いたブルーは、顔をあげた。
その顔は何処までも優しい微笑みだった。
「さあ、帰ろう。
パパやママが待ってる」
言いながらミーシャに手を差し伸べる。
「ええ」
ミーシャはブルーの手をとった。
「これからは、ぼく達が地球を守っていかないとね」
ジョミーがこれほど美しく守り続けてきた惑星を。
人々の心にいつでもあり続ける、帰る場所を。
「そうね」
頷きあって、二人は光の射した谷を後にした。
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