僕らの学舎E-1077(8)
ジョミーは部屋に入るなり、ベッドに腰掛けた。
シロエには椅子に座るよう促す。
促されるままにシロエは椅子に腰を下ろした。
見回すと、予想よりも小奇麗な部屋だった。
ベッドは真新しい糊の利いたシーツで覆われており、
机も椅子も使っていないのではないかというほど綺麗だった。
何というか、「きちんと片付けられた学生の部屋」と言う感じだ。
当たり前のようなのに、何か違和感を感じる。
あまりにも普通に見えるその部屋からは、何故か生活感が感じられない。
そして、思いだした。
ジョミーは今日難しい任務から帰ってきたばかりではなかったか。
それも3ヶ月に及ぶ長期任務だ。
帰ってきて早々、自分を助けてくれたのだ。
マザーの配下から。
そしてコールを受けた。
それはキースが代役を担ったけれど、ジョミーは自分で行くつもりだった。
シロエは本気でジョミーをどう捉えていいのか分らない。
これから為れるであろうジョミーの話を聞けば分るだろうかと
真っ直ぐにジョミーを見つめた。
シロエの視線を受けた為か、ジョミーはゆっくりと話し初める。
「ぼくは耐性がある」
「耐性?」
「マザーは最初、ぼくの記憶を奪わなかった」
「なっ・・・」
シロエは何度目かの絶句を余儀なくされる。
ジョミーはシロエが次の言葉を出すより先に続ける。
「勿論それはぼくのためじゃない。
彼女の望むものを理想的に育て上げるためだ。
その為に、同じ歳の記憶を無くしていない存在が必要だった」
「望むもの?」
「うん。
無垢なる者・・・いずれ指導者となるべき完全な人間。
その人を本当に人間として完全に育てるためには
どうしても、ぼくのように異例の存在が必要だったんだ」
「まさかそれって・・・」
「これ以上は言えないよ。
たとえきみがいくら想像しようと。
・・・ぼくだって、想像の域を出ていないんだから」
たとえ、他に当てはまる人物がいなかろうと
はっきりと言葉には出来ない。
「そしてぼくの役割が終わった。
ぼくの記憶は必要なくなったから、マザーは消しにかかった。
でも、それまでに散々受けた検査でぼくには耐性がついてしまった。
だからマザーはぼくが拒否し続けるかぎり、記憶を消せない」
「そんなの・・・」
ずるいじゃないか、とシロエは思ってしまう。
そんなことで記憶を奪われなくなるなら・・・。
だが、言えなかった。
コールの常習犯だと言っていた。
拒否し続けていると言った。
それはつまり、あの検査を何度も何度も繰り返されているのだろう。
そして難しい任務を幾つもこなしていると聞いた。
耐性が付いたということが、ただ記憶を奪われないだけではないことは
もう分っている。
シロエが気付いていることを理解してジョミーは続ける。
記憶を奪われなかった先にあるものを。
「だからマザーはぼく自身を消そうとしている。
思い通りにならない、使用済みのコマを。
でもぼくは"その人"の友達だから、下手には殺せない。
その所為で"その人"が反抗する懸念があるから」
かといって、下手に記憶をいじれば矛盾が生じてしまう。
"その人"にはそんな些細なことでシステムへの"疑問"を
抱かせるわけには行かない。
「・・・だから、難しい任務を・・?」
シロエの問いにジョミーは少し悲しげに微笑んだ。
「事故死なら、美しい別れだと思わない?
しかも体制に反発した宇宙海賊相手に散ったなら
"その人"は体制に反発するものに対して怒りを持つだろう?」
より体制に従うようになる。
「それがわかってて、どうして!」
そんな機械にしたがって、大人しく危ない任務に飛び出していくのか。
「守りたいものがあるから」
自分と同じようにマザーに利用されそうになる人達。
彼らが簡単に利用されて廃棄されないように。
そして"その人"がマザーに利用されるだけの存在にならないように。
自分がいるうちは下手に"代用品"を増やせないから。
「ぼくに、マザーに反発するなと言ったのは?」
シロエは震える声で問う。
「ぼくの状況を見ていれば、今後のきみの扱いなど手に取るように分るよ」
"その人"の為に利用されて、排除される。
それはきっと間違いではないだろうとシロエは思った。
「でも、ぼくは・・・・」
無くしたくない。
マザーへの抵抗をやめたらあっさり奪われてしまう。
大事なものを、全て。
それくらいなら、いっそ排除されたほうがマシだ。
ただ機械の言いなりになって、人間とは言えない生涯を送るくらいなら。
俯いて黙り込んでしまったシロエを見て、ジョミーは覚悟を決める。
「それなら・・・」
コメント***
本気でジョミーが何者なのか分らなくなってきました(おい!)
ジョミーがこなしている任務に今のところミュウは入っていませんよ。
無抵抗の民間人を殺すような任務を流石に学生にはさせられませんし
何方かといえば危険が少ないからです。
なので危なくて戦火が散っているような場所の任務ばかりです。
あとは事故が何時起きてもおかしくない場所や、未開惑星の探査ですね。
とにかく危険度が高いものを。
内容は他の者には明かされないので、ジョミーが二つ返事で了承することもあり
キースも"ジョミーは行動派なので難しい任務を引き受けている"と認識しています。