僕らの学舎E-1077(5)
「ん・・・」
ジョミーは薄く目を開いた。
「ここは・・・」
「もう目が覚めたのか」
その声とともにぼやける視界に入ったのは・・・。
「キース・・・?」
ゆっくりと離れていく姿を目で追いながら
徐々に状況を思い出す。
そして、はっと気づいたように飛び起きた。
「酷いじゃないか!いきなり注射を打つなんて!!
別に泣き叫ぶようなもんじゃないけど
痛いのは痛いんだぞ!!」
「怒るところはそこなのか?」
キースは思わず尋ねてしまった。
ジョミーが繰り返し検査をされて、精神安定剤などの
薬物投与もかなりされていることをキースは最近知った。
キースの部屋に運ばれてすぐに目を覚ましたのも
耐性がついてしまっているからだろう。
だから、精神安定剤を打たれたことを怒るかと思っていたが
ジョミーは注射を打たれたことに怒っていた。
「キースが僕のためにやったって事くらい分かってるよ!」
その程度のことが分からないほど、キースとの付き合いは短くない。
キースはその言葉に自然と自分の顔が綻ぶのを自覚した。
キースに渡された水を飲み干して、
漸く完全に落ち着いたところでジョミーは口を開いた。
「ぼくはシロエを助けたい」
「助ける?」
何から、どのように助けるのか、
キースには今一つ分からない。
だがジョミーはそのまま続ける。
「多分、シロエもぼくと同じだと思うから」
「同じ?」
「うん」
頷いたが、どう同じなのか、
それをキースに告げる気はない。
ジョミーにとってキースは大切な友人なのだ。
だから、言えるはずが無い。
たとえ自分がマザーの意図によって
キースに近づけられた・・・キースのために
《用意された》存在だとしても。
「キースは、シロエをどう思う?」
「シロエを?」
「うん」
ジョミーの質問に、キースは少し考えてから口を開いた。
「感情が豊かで・・・お前に似ている気はしたが
どこか押し殺して無理をいるように見える」
「そうだね・・・」
それはジョミーも感じたこと。
彼は本当はもっと明るいと思ったのだ。
けれどそれをどこか押し隠している。
手負いの小動物が周りを威嚇するように
毛を逆立てている感じだ。
「ぼくと似てるって言ったけど、どんなふうに?」
「どう、と問われると・・・
譬えるならお前が向日葵でシロエは蒲公英だな」
ぶっ、とジョミーは噴出してしまった。
「何その表現!」
「どちらもキク科の植物だ」
そういう問題では無いとジョミーは思うがキースは至極真面目だ。
その様子にかえってジョミーは思い切り笑ってしまう。
本当にキースは面白いと思う。
「キース、きみはぼくが好きか?」
ひとしきり笑った後、ジョミーは問うた。
「なっ・・・」
質問の内容にキースは珍しく驚いたように声を詰まらせた。
だがジョミーはいつの間にか真剣な表情になっていた。
「あ、聞き方が悪かったよ。
ぼくのことを親友だと思ってくれているか?」
言い直されたことに、キースはどこか面白くない気がしたが
ジョミーを親友だと思っているかと問われれば。
「おそらく・・・いや、そのつもりだ」
きっぱりとキースは言い切った。
それにジョミーは微笑む。
「ありがとう」
「何故突然そんなことを聞いた?
"シロエを助ける"事と何か関係があるのか?」
キースの問いにジョミーは頷く。
「うん、キースに与えるぼくの影響がどれくらいかが知りたかったんだ」
「影響?」
「"ぼく"という記憶を失うことがきみに多大な影響を与えてしまうなら
マザーはそれができないから」
なんともなしにジョミーが言ってのけたので
キースは危うく聞き流しそうになった。
だが、内容はキースにとってとんでもないものだった。
「お前の記憶をなくす?」
キースは思わずジョミーの肩を掴む。
「どういうことだ?」
睨むような強い瞳でまっすぐに見つめてくるキースから
ジョミーは視線を逸らす。
「それは、はっきりとはいえない」
「何故だ!?」
「説明できるだけのものを持っていないから・・・。
例え話だと思ってくれていればいい・・・」
だがジョミーは本当は分かっていた。
警備の者や・・・時にはマザーの思念がなんとなく分かる時があるから。
ジョミーは、そしておそらくシロエも、キースの心を育てる鍵なのだ。
キースの成長において、"子供の頃の記憶"に従事した心を与えるのが
ジョミーの役目。
だとすれば、怒りなどの強い、それを真っ直ぐに表す感情を与えるのが
シロエの役割なのだろう。
ジョミーの役目はもう終わっている。
だが、マザーが予想した以上にキースはジョミーに近くなりすぎた。
だから下手に始末できず、厳しい任務で事故という形で始末しようとしている。
しかし今のところうまく行ってはいない。
その他にも、キースが惹かれるであろう"記憶"を消そうと
何度となく深層心理検査を行われているが
いまだジョミーから記憶を奪うには至らない。
では次にとる手段は何か。
キースの中のジョミーの記憶をシロエに差し替えて
ジョミーを処分できるか。
それが今のキースの答えにかかっていた。
そして、結論は《否》だ。
ジョミーとシロエではキースの認識が違いすぎる。
ならば、まだとる道はある。
コメント***
ジョミーは一体何処までわかっているんでしょう。
マツカみたいにこっそりミュウの力に目覚めているっぽいですね。
次は置き去りにされてしまったシロエからスタート・・・だと思います。