僕らの学舎E-1077(2)




シロエは同級の一人とカフェでお茶をしていた。
「ジョミー・マーキス・シン?」
「そ、お前が気にしているキース先輩と
 まるっきり正反対な感じの一部では有名人
 お前が入る直前くらいから外に出てるからお前は見てないな。
 おれは一度チラッと見たことあるけど・・・
 その人が難しい任務を終えて今日戻るんだって!
 すごいよなあ、どんな難題な任務もこなすらしいぞ」
ミーハー丸出しで彼は語る。
だがシロエにはそんなことはどうでもいい。
その人物が、あのマザーに従順なキース・アニアンと
どういう関係にあるのか、だ。
「それは別に構わないけど、どう正反対?」
「ん〜、とりあえず髪が明るい金髪で
 性格もそのまま明るくてよく笑う。
 運動はかなり出来るけど、歴史の成績の悪さは超有名。
 それ以外の科目は優秀と呼ばれる部類」
「なんだ、容姿の色合いと性格が正反対なだけじゃないか。
 人間としては普通のやつってことだろ」
「普通って・・・まあ、お前は成績良いからな・・・。
 あ、でも何でだか知らないけど
 よくマザーにコールを受けるらしいぜ?」
「歴史の成績が悪いからじゃないのか?」
歴史、とは大したことが無い様で
実は学んだものの考え方に大きく影響するものだ。
それの成績が悪いのではマザーだって
放っておく訳にはいかないだろう。
「でもその割りに学生の癖に課外任務に行ったりするんだぜ?」
課外任務とは課外演習の延長上のもの。
演習と違って危険が伴う恐れもある。
本来、それは卒業を間近に控えた者達が行うのが常となっているが
別にそういった決まりがあるわけではない。
「運動神経が良いからじゃないのか」
(後は、成績が悪いが行動力は使える捨て駒、ってところだろ)
キース・アニアンの"お友達"が2人から3人になったというだけの話だ。
シロエは然程興味なさそうに、話を打ち切った。










マザーからのコールが鳴った。
だがシロエは無視する。
行けばまたいつものように優しい振りをして
己の希望通りの子羊になるように記憶に触れようとするだけだ。
ある程度無視していれば、
他の学生の事を考慮してコールも止まるはず。
そう思って、人気のない廊下辺りで隠れるように座り込んだ。
ところが、今回は違っていた。
「セキ・レイ・シロエだな」
「!」
呼ばれて振り返ろうとしたところで、取り押さえられた。
床に押し付けるように頭と体を押さえられる。
「放せ!!」
唯一動く視線だけで相手を睨みつけ、必死に藻掻く。
だが白衣姿の成人男性三人に敵う訳がない。
「あまりマザーの手を煩わせるな」
言いながらシロエを担ぎ上げようとする。
シロエは慌てて、今度は角に手を掛けて亀の子の様に丸まり、
梃子でも動かない、と体を硬くする。
「やだ!僕は行かない!!
 マザーのところなんて絶対に行くもんか!!」
男の一人が意地でも言うことを聞かないシロエにしびれを切らせる。
「おい、精神安定剤を注入しろ」
「嫌だ!止めろ!!」
シロエの腕に注射器が触れる直前、
そこにはいなかった者の声が響いた。
「ただの学生一人取り押さえるのに、ずいぶんと仰々しいね」
「取り押さえようとしているわけではなく
 これはこの生徒が気分が悪そうなので・・・」
白衣の男は少し慌てたように、だが何とか冷静を取り繕って
事情を説明しようと声の主を振り返る。
「そう?ぼくにはそう見えないけどな」
「お前は・・・・!」
言いかけた顔に、サッカーボールがめり込んだ。
「早く!」
シロエに手が伸ばされる。
混乱するまま、シロエは差し出された手を、とった。






男達が慌てて追いかけてくる。
だが、彼らは追いつけない。
シロエは手を引かれるままに、走り続ける。
風に手を引かれているようだ、と思う程に速く。
そして広場まで一気に走り抜けた。
人が多いところまで来たが目の前の人物はスピードを落とさず
視線をを廻らせて、ある一点で止める。
そこで漸くシロエを振り返り、微妙な笑顔で一言。
「ごめんね」
「え?」
何が、と問う間も無く走ってきた勢いをそのまま利用して体が放られた。
宙に浮く感覚。
そして聞こえる声。
「キース、パス!」
次の瞬間、痛くは無いがやや大きめな衝撃を受ける。
驚いているシロエの目の前で
シロエを階下に投げ入れた本人も手摺を越えて降りてきた。
まるで羽でもついているのではないかという軽やかな着地。
見上げると、たった今越えてきた手摺に乗り出すよう
にこちらを見ている白衣の男達。
彼らを振り返りパタパタと手を振った。
「ということでこれだけ元気なので検査はしなくて大丈夫そうです。
 ご心配をおかけしてすみません、ありがとうございました〜」
丁寧語だが、間違いなく嫌味だった。
だが、公衆の面前でこう言われてしまえば
無理に連れて行くことも出来ず
白衣の男達は引き下がるしかない。
憎々しげな顔をした後、その場を立ち去った。






シロエは色々なことが一気に起こりすぎてやや混乱していた。
とりあえず、分かることは
自分の体がキースに抱きかかえられているという事実。
何故そんなことになっているのか、それがまだ分からない。
自分の頭上では、宿敵キース・アニアンが
珍しく無表情ではなく、呆れ顔で口を開いていた。
「しかし、お前ももう少し考えて行動しろ」
言われた側の顔はキースに抱えられている所為でよく見えないが
先ほど一瞬だけ見えた、自分をマザーの手下から助けてくれた相手だろう。
「考えたさ。他の人は無理でもキースなら
 確実にその子を受け止められると思ったんだ」
自信満々の態度にキースの呆れ顔はより分かりやすいものになる。
「言葉と同時に降ってくるものを確実に受け止めろといわれてもな」
「でも受け止められただろう?」
「それは結果論だ」
「予定通りの結果が出たのだから、
 考え方としては間違えていなかったってことだ」
勝ち誇ったように言われて、キースはやや眉間の皺を深くした。
「予想と違った結果が出たときのことは考えたのか」
「そんな必要はないよ。だってキースだから」
「それは理由にならない」
「世の中、訳の分からないことが何故か理由になったりするんだよ」
笑顔で言われて、とうとうキースが諦めたような溜息を洩らした。
これ以上言っても無駄だと判断したのだろう。
話を切り替える。
「それより、先程の・・・」
「あの・・・」
言いかけたところで、シロエが耐え切れなくなって声を上げた。
「うん?」
「下ろしてもらえますか?」
その一言にキースの腕のシロエの存在を漸く思い出したように慌て始めた。
「あ、ご、ごめん。キースもありがとう。
 彼もこう言っている事だし、下ろしてあげたら?」
「駄目だ」
だがキースはその言葉に即座に否定を返した。
「なんで?」
シロエが抗議するより先に質問が飛んだ。
その口調は、疑問というより事実確認だ。
「膝が笑っているらしい。
 下ろしたところで立てるとは思えない」
その言葉に、やはりシロエが文句を言うより先に
更に慌てたらしい件の人物が、申し訳なさそうにシロエを覗き込んだ。
「本当にごめん!いきなり放り投げられて吃驚したよね」
「い・・え・・・大丈夫、です」
シロエは、驚いた。
投げられた時以上に。
見たことが、なかったから。
意思が溢れ出ているような・・・自分の意思で伸びていく草木に似た
瑞々しく美しい緑の瞳。
このステーションで、・・・成人検査を通過した者達の中で、
これほど強い意思を宿した瞳を。











コメント***
シロエを出したいがために1話から一気に4年進みました。
まあ!まるでアニメのようだね!
当然、件の人物はジョミーです。
ややシロエ寄りな視点で書いたので、
名乗られていない相手の名前は出しませんでした。
これが噂の(?)、以前に日記でちろっとかいた
『キスジョミよりシロジョミの方が好きかも知れない』
のネタです。
「キース、パス!」
ってのが書きたかったんですけど・・・ね。
物扱いするな、と。
普段のシロエなら怒りますが、成長したシロエは私的ジョミー大好きっ子なので
怒るに怒れません。助けてくれた相手でもありますしね。
この後ジョミーとシロエが仲よくなると良い・・・。