「フィシスも元気に育ってるみたいだね」
部屋へキースを招きながら、ジョミーは話し始めた。
「ブルーもな」
その言葉にジョミーは苦笑してしまう。
「あの子が、ソルジャーの事を大好きでいてくれるのは、
 とても良いんだけど・・・」
そろそろ、大人にならなければならない。
「フィシスの方が歳下なのに、しっかりしてるみたい。
 育て方、間違えたのかなあ・・・。
 きみより子供をうまく育てる自信はあったんだけど」
溜め息をつくジョミーに、キースは苦笑する。
「精神的成長は女性の方が早いというからな」
「でもブルーの方が10歳も年上だよ?」
「フィシスは、確かに5年前に作り出された存在だが
 ちゃんと見た目の年ごろの感情発達と知識がある。
 植え付けられた知識だろうがな」
ジョミーは眉を顰めた。
「まったく、ソルジャーが破壊した施設以外にも
 ”人”を生み出す研究しているところがあったなんてね」
そう、フィシスとブルーはある意味同じ存在。
ミュウの研究をするために生み出されたのがブルーなら
完全にミュウではないものを求めて生み出されたのがフィシスだ。
遺伝子から作り出す研究をしていた初期の命。
言うなればプロトタイプの彼女は、技術などの不足のためか盲目である。
5年前に生み出されてから、ずっと人口羊水の中で育てられていた。
3年前の休戦協定の直前、キースが発見し自分の娘として引き取った。
もしあそこでキースが発見していなければ、
フィシスは最悪、人の愚かな過ちとして”破棄”されていただろう。
近しい存在の所為か、ブルーとフィシスは出会った当初から
惹かれあうようにすぐに仲よくなった。
「ブルーがきみの事を嫌わないでくれれば
 もっときみとフィシスをうちに招待できるのに」
「父を殺した相手なのだ。
 そう簡単には受け入れられないだろう」
「じゃあぼくはどうなのさ。
 夫を殺した相手をこうして招き入れているけど?」
肩をすくめるジョミー。
だがキースは相変わらず真顔で返答する。
「歳が違う。
 それに立場もだ」
先程、ブルーに言ったように、
己の発言がミュウと人間にどのような影響を与えるか、
ソルジャーであるジョミーは常に考えなければならないのだ。
「まあ、ね」
ジョミーが頷いたところで、キースは本題を持ち出す。
「それで、ジョミーあの話だが。
 今の会話からして無理だということだろうか?」
出されたお茶を一口だけ口にしてから、
カップを戻してキースは口を開いた。
「・・・・」
対するジョミーは手にしたカップを無言で眺めた。
そして、口にすることなくカップを置く。
かちゃっとわずかに音がした。
「すまない。
 確かにそれは良い話だとは思うんだけど、
 ぼくは・・・」
躊躇いがちなジョミーの声。
「分かっている。
 何も本気でそうしろと言っているわけではない。
 ただ、書類の上だけで良いんだ。
 そうすれば・・・」
キースは冷静にジョミーを諭す。
だが、ジョミーは僅かに俯いたままだった。
その様子に、キースは溜め息を零す。
「書面上、などというその場凌ぎを周囲は許さない。
 少なくとも、その書面が真実であると知らしめる生活が必要となる」
「それはそうだが・・・」
ジョミーは苦笑しながら漸く顔を上げた。
「ブルーにはまだ無理だ」








「ごめん、フィシス」
ようやくブルーはフィシスに大変失礼なことをしたことに気づいた。
それに対してフィシスは首を振る。
もう3年前から、ブルーのキースに対する態度が改まったことはない。
よくも悪くも、周囲は慣れてしまっている。
「ブルー、やはりお父様のことは嫌い?」
だが珍しくフィシスが尋ねてきた。
それに、ブルーは難しい顔をする。
正直に言えば、大嫌いだ。
けれど彼はフィシスの父で。
フィシスの事は大好きだ。
だから、嫌いになりたくはないし嫌いではないといってあげたい。
「嫌いというか・・・なんて言うか・・・」
言葉を濁すブルー。
「私や、お父様と暮らすのは嫌かしら?」
フィシスは少女らしく小首をかしげて問う。
「暮らす?」
フィシスとなら喜んで暮らせるが、あの男と暮らすなどあろうはずが無い。
そもそも、彼は地球政府の代表者。
人類のトップだ。
それがミュウと暮らすなどあり得ない。
そんなことはフィシスだって知っているはずだ。
「いやも何も、そんなこと現実に起こりようが無いよ」
ブルーの言葉に、フィシスは不思議そうな声を上げた。
「聞いていないの?」
「聞く?」
それはつまり、そういう話があるということを示唆している。
ブルーは真っ白になった。
暮らす?
フィシスと?
あの男と?
ミュウと人間が、
その代表が、
一つ屋根の下で暮らすのに不自然が無い状況。
両者の和解を目的とするならば、一番手っ取り早いのは
古来より使われてきた方法。
それはつまり、あの男とジョミーが・・・。