「ブルー、今日はフィシスが来るよ」
「フィシスが?」
食事をとりながら告げられた言葉に、ブルーはぱっと顔を綻ばせた。
3年前、人間とミュウが休戦協定・・・
ミュウの人権保護条約を結んだときに、
人間の代表者に連れられて、初めて出会った少女。
淡い金髪の長い髪がとても似合う、同じ年頃の花のような微笑み。
出会ったころから、他人のような気がせず、すぐに打ち解けられた。
まるで妹のようなそんな近しい感情を覚えた。
その彼女と会うのは、ブルーにとってとても楽しみだ。
「いつごろ来るの?」
思わず弾んだ声で訊ねると、ジョミーは子供らしい様子に微笑む。
「午前中には来るよ。
ぼくも今日は外にでる予定はないから
昼食は皆で食べよう」
「本当?」
「ああ」
ジョミーは基本的にソルジャー・ブルーの跡を継ぎ。
ソルジャー・シンとしてかなり忙しい日々を送っている。
朝食は家でとるが、昼食は外ですませるのが基本だ。
下手をすれば夕食だって外で食べてくるか、食べないかだ。
時折、ブルーとジョミーが暮らしているこの建物で
書類の整理や打ち合わせなどをしていて
その時は、一緒に食べられるのだ。
フィシスが来てしかもジョミーとも一緒にいられると思うと
ブルーはとても楽しみで仕方がなかった。
呼び鈴が鳴った。
「はい」
ブルーは喜び勇んで扉を開く。
すると、そこには期待した姿はなかった。
いや、期待した姿もあったのだが
見たくもない姿もあった、と言うのが正しい。
「ブルーか・・・大きくなったな。
ジョミー・・・ソルジャー・シンは居るか?」
ブルーは唇を噛んで、問うてきた相手を睨む。
ブルーが黙っていると、その背後から答えが返された。
「いるよ、キース。
ようこそ」
ジョミーがブルーの肩に手を置き、扉の前を空けるように促す。
だがブルーは動かない。
「ブルー、そのままではお客様が通れない」
「お客様だって!!?」
注意するジョミーの言葉にブルーは目を見開いて叫ぶ。
「お客様だろう、どう見ても」
態々訊ねてきて、呼び鈴を鳴らした。
しかも知らない間柄でもない。
だがブルーが言いたいのはそんなことではない。
思い切り首を振って否定する。
「ちがう!こんな奴のがお客様なものか!!
だって此奴は父さんを殺したヤツ・・・」
パンッ!
ブルーの言葉の途中でスッキリするほど潔い音が響いた。
赤くなった頬を押さえながら音のしたほうを見ると、
そこには静かで強い目をしたジョミーの姿があった。
ブルーがあまり見ることの無い、ソルジャー・シンの姿。
彼が僅かに怒りを含んだ声でブルーに告げる。
「確かに直接手を下したのは彼かもしれない。
だが、それは5年前のこと・・・・。
5年前は、ミュウと人間は闘っていたんだ。
僕たちだって、沢山の人の命を奪った。
その戦いの中で、彼はソルジャーを撃った。
だがそれは彼の責任ではない。
あの時代が・・・そうさせたんだ」
「でも・・・」
「ブルー!」
尚も言い募ろうとするブルーの手首を掴むとキースの横を通り
外へ投げ捨てるように手を放した。
「うわあっ!」
勢いのままにブルーは僅かな段差を飛び越し、
音を立てて地面に倒れ込む。
その姿を、ジョミーは厳しい眼のまま見下ろしていた。
いっさいブルーを助け起こす気など無い。
ブルーは動けずにジョミーを見上げていた。
二人が無言で見つめあっていると、第3者の声が割って入る。
「ジョミー・・・私は気にしては・・」
流石に、自分が原因であることを気にしたのか
キースが何かを言おうとするのを、ジョミーは手で制する。
そしてブルーに硬い声で話しかけた。
「いま、キースだから聞き流してくれたお前の一言。
感情に任せて言ったその一言が、どれだけミュウ達を危険に巻き込むのか、
本気でソルジャーのことを想うなら木賃と考えろ!」
戦争があれば、人は殺し合い、死んでいく。
だが、その悲しみを、怒りとしては・・・憎しみとしてはいけないのだ。
散って逝くものが願うのは、残されたものの幸せ。
悲しむことも、怒りや憎しみに捕らわれることも望んではいない。
そんな重い枷で俯く姿など、望んではいないのだ。
それなのに、逝ってしまったものを理由に相手を批難するなど、
冒涜もよい所だ。
そしてそれだけではない。
キースは地球政府の代表者。
それが護衛も付けずにミュウの長であるジョミーを訊ねてくる。
まだ完全に和解しきれていない両者にとって
それは、ただ知り合いが訪れることより
遥かに重い意味を持つ。
なにより、彼は遊びに来たのではなく、
重要な話し合いに来たのだ。
追い返すなどあって良いはずが無い。
「・・・・・」
ブルーは俯いて地面の草を土ごと握りしめた。
ジョミーはそんなブルーからキースへと視線を移し
友人に対するような笑みを浮かべた。
「見苦しいところを見せて済まなかった」
「いや」
ジョミーがブルーを無視しているのは、彼なりの考えだろうと理解して
キースは特に何を言うのでもなくジョミーに合わせた。
「玄関先だなんて失礼したね。
さあ上がってくれ」
「ああ、お邪魔する」
頷いて、一緒にいたフィシスを振り返る。
「お前はどうする?」
「私はブルーと一緒にいます」
キースの問いにフィシスはそう答えると、ブルーの傍に歩み寄った。
「そうか、では好きにするといい」
「はい」
頷くフィシスと、ブルーの前で扉が音を立てて閉まった。
ブルーは叩かれた頬を押さえながら、いまだに俯いている。
(なんだよ、事実じゃないか・・・。
父さんを殺したのも、
ジョミーをあんなふうに泣かせたのも
アイツのせいじゃないか!)
ジョミーが言わんとしていることはブルーにだって分る。
だからと言って、そんなにすんなり納得できるものなのかと
どうしてあの男にそんな親しげな笑みを向けられるのかと
納得できない想いが、重く締めつけた。
コメント***
たぶん、まだ分りませんが
ジョミーは男のような気がします。
ジョミーとブルーの立場が逆なので
キースとフィシスの立場も逆転。
フィシスの設定については次回辺りにちゃんと出します。
フィシスとブルーは、とても二人は仲良し。
兄妹みたいな感じ?です。
でもブルーはフィシスの親である筈のキースが大嫌いです。
ちゃんとジョミーの言うことも理解してはいるのですが
まだ感情が追いつきません。
フィシスの前でキースを批難する辺りは、子供ですね。