「誰だ?」
「っ……!!」
声をかけられてジョミーの体がびくりと跳ねる。
それでも泣いた顔を見られたくなくて
ジョミーは声に背を向けて走り去ろうとした。
だがそれは相手の行動のせいで叶わなかった。
強い力で自分よりも大きな胸に、腕と挟まれる形で
抱きしめ…いや、捕らえられていた。
あわててその腕から逃げ出そうとすれば
今度は両腕で抱きしめられてしまう。
「なぜ逃げる。
なにか疚しい事でもしていたのか?」
その言葉にジョミーは反射的に相手を振り返った。
「ぼくはっ……」
疚しい事などしていない、と言おうとして言葉が続かなかった。
(したじゃないか……)
ブルーにあんなことして、嫌われて、逃げ出して。
それで疚しい事などしていないなんて言えない。
思い出してまた涙が溢れてきた。
「お、おい……」
突然泣き出したジョミーに、うろたえて
ジョミーを捕らえていた人物……キースは手を緩める。
開放されたジョミーは逆にキースの胸倉をつかんだ。
「だれ、にも……い、いう…な……よ!!」
泣きながら、嗚咽交じりに訴えてくるジョミー。
たしかに高校生になった男が大泣きしていましたなんて
知られたくはないだろう。
しかもジョミーはソルジャー後継者だ。
ただでさえ注目の的なのに、周囲に知られたら確かに色々と厄介だろう。
それに”あの”ジョミーがこんな風に泣く理由が気になる。
「わかった、黙っていてやるからとりあえず落ち着け」
そう言って縋り付くように胸倉をつかむジョミーの背を
抱き込むように軽くさすってやる。
その行為に驚いたジョミーだったが、
友人がいないわけではないけれど
こういうときに頼れるほど特に親しい友人はなく、
唯一頼れた相手に嫌われてどうして良いかも分からずにいた
この場で優しくしてくれる腕を振り払うこともできず
ジョミーはそのままキースに縋るように泣き続けた。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう……キース」
「俺を覚えていたのか?」
名を呼ばれてキースが驚いた。
その反応にジョミーは苦笑する。
「そりゃ1年で風紀委員長になる人なんて、そう忘れられないよ。
大体、月一の定例会では顔を合わせているじゃないか」
「それはそうだが…」
「それにキースだってぼくを覚えていたし」
「ただの風紀委員長とソルジャー後継者を一緒にするな」
ソルジャー後継者、という言葉にジョミーは身を硬くする。
「そう、だよね……。
ぼくは…ソルジャー後継者……」
その肩書きにたくさんのものを奪われたと思う。
それでも受け入れてこられたのは彼がいたからだ。
彼が必要としてくれたからだ。
(後継者としてのぼくしか彼は要らないとしても)
それでも彼が優しかったからだ。
できると励ましてくれたから、傍にいてくれたから。
このままソルジャーを続ければまだ彼に会うことになる。
あの軽蔑の眼差しを向けられることになる。
きっと不必要に傍にいてくれることはもう、ない。
それはこの状況ではありがたいことだけれど。
(でもここで逃げ出したら、きっと…もっと軽蔑される)
ブルーに近づくためにソルジャーになったのだと思われる。
あの人の想いに共感して惹かれて、
大変だとわかっていても自分も頑張りたいと思った
あの気持ちすらも、すべて否定されてしまう。
それだけは嫌だ。
図太いと思われてもどう思われても、
あの想いだけは否定されたくない。
だからソルジャーを続けるしかない。
(……最低だ。
結局自分のためじゃないか)
学校のためでも学生のためでもなく
ブルーの想いを引き継ぐためでもなく
自分の想いを守るためにソルジャーを続ける。
そんな想いを持つような自分は
本当は後継者たる資格すら持っていないのだ。
(嫌われて当たり前じゃないか)
「ジョミー?」
再び顔を歪めたジョミーをキースが心配そうに眺める。
ジョミーは名を呼ばれて沈みそうになった意識を
慌てて浮上させた。
「なんでもない。
そろそろ離して……」
頭を振って否定するが、表情だけは戻らない。
それはキースにだってわかってしまう。
あまり間近で見られればすぐに表情が知れてしまう。
ジョミーは離れようとしたが逆に強く抱きしめられた。
「なんでもないという顔か?」
「なんでもないんだ。
ただこういう時愚痴をこぼせる友達の一人もいないんだって
思ったらちょっと寂しかっただけだ」
何とか言い訳を、と考え思いついたのは
やはり嘘ではない寂しい言葉。
言ってまた落ち込んでしまう。
(悪循環だ)
良い方にいく道などまったく見えない。
「なら俺がなろう」
「え?」
「そんな風に泣くようなやつを放って置けるはずがないからな」
ジョミーは一瞬何を言われたのかわからなかった。
驚いた表情のままキースを見上げれば
いつもと変わらない無表情がそこにある。
彼は真面目な席においてはいつもこの表情だった。
つまり、今の言葉が真面目であったことを物語っている。
「変なやつ。
でも、ありがとう」
うれしくて、また涙が浮いてきた。
その涙を拭うために持ち上げた手をつかんで止められた。
「目を手で擦るのはよくないぞ」
「でも……」
このままではまた涙がこぼれてしまう。
そう思ったとき、指よりは格段に柔らかいものが涙を拭った。
「えっ?」
驚くジョミーを他所にキースは唇と舌で涙を拭っていく。
「ちょっ、キース…くすぐったい!
それに男同士でそれは変だってば!」
「変か?性別は関係ないだろう?」
胸を叩いて講義すればきょとんとした表情で返される。
「あるよ、普通」
ジョミーは思わず脱力してしまった。
「大体男女だって恋人じゃなきゃこんなことしないって」
「なら恋人になるか?」
「え?」
「俺はお前の澄んだ眼が好きだ。
始めて見たときから印象に残って離れない。
だから俺は友人でも恋人でもその目に……、
その目を持つお前に触れられるのならなんにでもなりたい」
いきなりの告白にジョミーは驚きに目を見開き、動きを止めた。
驚きすぎて一瞬世界が真っ白になった。
ポカンとするジョミーの態度を抵抗していないと判断したのか……。
キースの唇が、先ほど涙を拭ったときと同じように優しく、啄ばむように
触れて、………重なった。