ただ逃げるためにひたすら走っていたジョミーだが
込み上げて来るものに呼吸を奪われ足を止めた。
(ブルーに、嫌われた……)
その事実にジョミーの目からは次々と涙が溢れて零れ落ちる。
「う、あっ……ぁ……っ…ぅっ…」
(あんなことするつもりじゃなかったのに)
(あんなことしたらいけないって解ってたのに)
ブルーは老若男女問わずモテるのだ。
だがブルーはいたって健全な男子生徒だ。
男に嫌な思いさせられたこともあると聞いた。
男に恋愛感情を向けられても迷惑なだけだ。
それなのに男の自分があんなことをすれば
ブルーがどう思うかなど目に見えていたのに。
無意識とはいえしてしまった己の愚かさを自覚して
ジョミーはさらに涙を流す。
「っ…ふっ……ひっ……ひっ…っ…ごほっ」
堰を切ったように留まる事を知らない涙。
呼吸の仕方もわからなくて泣き叫ぶこともできず
ただ嗚咽を零しながら、それでも涙を止めることができない。
(だた、好きだっただけなのに)
憧れているだけで良かったのだ。
自分を認めてもらえるだけで嬉しかったのだ。
喜んでもらえると幸せだったのだ。
それなのに、その関係すら自分の軽率な行動がすべて壊した。
「……ひっ……ぅ……ぅっ…あ……ふっ…」
ジョミーは耐え切れずその場に蹲って泣いた。
「まったく、何でぼくが……」
人の寝込みに勝手にキスするような男を捜しに行かなければならないのか。
彼が勝手に逃げ出してしまったのを自分の所為にされては
堪ったものではない。
そもそもの原因はあちらなのだから。
しかし引き受けてしまった以上しないわけにはいかない。
やるといった仕事を途中で放り投げるのは
まるでそれが出来なかったと言うようで腹が立つからだ。
『仕事がある、青の間に戻れ』
その一言だけ告げればいいのだ。
さっさと告げて、目も合わせずに帰ればいい。
「まったく、どこに行ったんだ」
その目的のためにはまず見つけなくてはならないが
それが出来ずにブルーの苛立ちは募っていく。
逃げ去ったのだから、人目につかないところに
隠れているのかも知れないが
相手のそんな都合は自分には関係ない。
「そうだ、携帯だ」
何故今まで思い出さなかったのかと苛立ちながらも
ブルーは携帯を手に取った。
「これで要件だけ告げればいいじゃないか」
そうすれば会うこともない。
とはいえ鳴らしてすぐそばでなったらそれはそれで
そんなに近くにいたのに見つけられなかったのかと
腹立たしいので周囲を伺いながら短縮に入っているジョミーの番号を押し、
コールしようとしたところで手を止めた。
窓から見えた中庭。
そこにジョミーがいた。
誰かに、縋りつくように抱きしめられて……。
ずっといらいらしていたというのに更に腹が立った。
(きみはぼくを好きだといった直後に
他の男にも簡単に抱きつくのか?)
なんてことだ。
彼が同性愛者だったなんてまったく気づかなかった。
同性愛者に偏見を持つ気はないが、それが自分に向けられるなら話は別だ。
断固として拒否する。
ブルーに告白してくる男は、基本的には女性が好きな者が多かった。
だから目を覚まさせてやれば恋愛感情はただの好意へと簡単に塗り替えられた。
だがもしジョミーが生粋の同性愛者、
もしくはどちらでもいい人間だとしたら
あのキスは相手の反応伺いだったのかもしれない。
そうでなければフられた(事になるであろう)直後
すぐに他の男に切り替えたりするだろうか。
しかしそうであるとしたら自分とのキスの意味が
とても軽いものに感じてしまうではないか。
男にキスされた上に、そんな簡単なものにされてはたまらない。
とにかく自分の目の前でその不愉快な行為をやめさせようと
近くの階段を使い、1階に下りて中庭に出た。
やめさせようなどと考えるべきではなく
さっさと立ち去るべきだったのだとブルーが後悔したのはその直後だ。
放課後も遅めの時間。
その時間に生徒がくることはほとんどない中庭には
ライトなどというものはなく、
薄暗くなった状況でそれでもはっきりと分かる。
誰かの斜め後姿と、ジョミーの顔の輪郭と、金髪。
キスを、交わしていた。
ブルーは怒りも通り越して身動きが出来なくなった。