Fallacy 1

生徒会室(通称−青の間)に入ったジョミーは
その部屋のソファに横になる人物を見つけた。
(あ、ブルーが寝てる)
微かな寝息をたてる体はどこか儚げで、顔立ちはどこまでも美しい。
(本当に、綺麗な人…)
これで指導力、統率力もあるのだから神はいろいろ与えすぎだ。
おかげで彼は老若男女問わずに人に好かれている。
好かれすぎている。
そしてここにも、確かに彼に惹かれている人間がいる。
薄く開いた形よい唇。
(こんなパーツまで一つ一つが完璧だもんな…)
そんなことを考えながらじっと見ていたジョミーだが
いつのまにか。
本当にいつの間にか。
そんなことをするつもりはなかったのに。
己の唇をブルーのそれに重ねていた。


「あっ!」
自分のしでかしてしまったことに気づいて慌ててブルーから離れたが
時既に遅し。
ブルーの真紅の瞳が開かれていた。
その目は優に不機嫌を物語っている。
「ぼくはきみを買っていたしそれなりに好いていたつもりだ。
 それなのにまさか君にこんなことをされるとはな。
 きみは、寝ている間に勝手に口付けられて嬉しいと思うかい?
 それも男に」
そう問うてくる声に、普段の優しさは欠片もない。
「その、……ぼくは、ぼく……は、あなたが、好きで……」
気がついたらしてしまっていた。
でもそれがいけないことはわかっています。
ごめんなさい。
そう、言いたかった。
謝らなければならないと思っていた。
「好きなら何してもいいと思っているのかい?
 きみの才能は確かだが、きみの人間性にはがっかりだよ。
 まあいいさ。
 生徒会の運営に君の人間性は関係ないからな。
 仕事さえしてくれればそれでいい」
だが、ブルーに冷たい声のその言葉でさえぎられてしまい
ジョミーはそれ以上言葉を紡ぐ事が出来なくなった。
冷たい空気が空間を支配する。
そこにがらりとドアが開く音がして違う空気が入り込む。
「お二人ともどうかされましたか?」
リオが問うてくるのも無視してジョミーは開いたドアから逃げ出した。


「ブルー、ジョミーはいったい何が……?」
泣きながら言葉もなく走り去ってしまったジョミーを心配して
理由を知っていそうなブルーに尋ねる。
「さあね」
だがブルーはどうでも良いとばかりにそう呟くだけだった。
逆にそれが、二人の間に何かあったのだとリオに確信させる。
「ブルー、ジョミーに何を言ったんですか!!?
 いったい何があったというんですか!?」
あまりの剣幕で怒鳴るリオに、ブルーは面倒くさそうに口を割る。
「ジョミーに失望して、そう正直に告げただけだ」
「!!」
告げられた言葉は衝撃的過ぎてリオは次の言葉がとっさに出なかった。
「……何てことを…ジョミーがどれほど努力していたか
 あなたはご存知だったはずなのに……」
「ああ、知っていたとも。
 期待もしていた。
 だからこそ失望したんだ。
 彼がぼくの願いを聞き届けてソルジャーを継いでくれたのは
 下心があったからなんだとしってね」
「下心?」
「彼は寝ているぼくに勝手にキスをしたんだ」
ブルーの言葉に驚きつつも、リオは苛立ちのほうが強かった。
「たかがそれくらいのことで!」
「たかが、だと!?
 男にキスされて、たかがだというのかきみは!」
聞き捨てならないとブルーも声を荒げる。
「たかがですよ!
 ジョミーならぼくは納得できます!
 あなたに選ばれたことで彼がどれだけ学校で浮いているか
 それを考えたことはありますか!?
 同級生からも上級生からも厳しい評価目線で見られて
 頼れるのがあなただけなんですよ、彼は!!
 その彼が自分を受け止めてくれるあなたに恋心を抱くくらいあったって
 おかしくないと思っています!!」
「それは……」
ブルーはリオの言葉に押し黙る。
確かにソルジャーに選ばれたことでジョミーは浮いてしまっている。
入ったばかりの学校で、特別な存在に祀り上げられて
親しい友人を作る機会も逃してしまったのだ。
「……だが、だからと言って人の寝込みを襲うようなマネをするのはやはり許しがたい」
「ブルー!」
リオが非難の声を上げるが、ブルーは無視する。
「それより君がここに来たのは仕事だろう?
 さっさとそれを済ませたまえ」
この話は終わりだとばかりにブルーは強制的に話を切り替える。
リオは苛立ちを隠さぬままに書類を机に叩きつけた。
「ええ、仕事です。
 現ソルジャーであるジョミーの承認が必要な」
その言葉にブルーは眉を跳ね上げると自分の鞄を手に取った。
「ならば彼を呼び戻したまえ。
 ぼくはもう正式な役員ではないからね。
 帰らせてもらう」
そう告げて去ろうとするブルーと扉を隔てるようにリオが立った。
「帰るのはかまいませんがその前に、ブルーの所為で
 ジョミーは逃げてしまったのですから
 ブルーがきちんと連れ戻してからにしてくださいね」
にこり、という笑顔で告げるリオ。
この笑顔のリオは最強だ。
「何故ぼくが」
内心舌打ちしつつも、ブルーは諦めた。
「わかったよ、ここに戻るように言えばいいんだろ」
「はい」
ため息混じりにブルーが言えば、
リオは笑顔でドアの前から退いた。